生活者の資金に余剰分はありません。貯蓄を含め、すべての支出は競合関係にあり、新しい商品を購入することは、何かを放棄することを意味します。カテゴリー内の直接競合ではなく、より間接的な競合商品群をソースオブビジネス(収益源)とすれば、ブランドは大きく成長できるはずです。しかし、ほとんどのブランドは、市場規模が小さく、ブランドスイッチが困難な直接競合とのシェア争いに陥っています。より大きく、競争の少ない市場から収益を得るには、カテゴリーの枠を超えた競合関係に目を向けなければなりません。
たとえば、30代半ばのOLが、忙しい1日の最後に、コンビニエンスストアでプレミアムビールを手に取り、最終的にハーゲンダッツのアイスクリームを買ったとしましょう。寝る前に少しだけ自分の時間を楽みたかったのかもしれません。アイスクリームとビールには一見競合関係が無いように思えますが、「少ない可処分時間を充実させる」という同じ役割が与えられた場合は、完全な競合となるのです。ハーゲンダッツは「夜の贅沢な時間」を連想させ、ビールよりも優れた「可処分時間の充実」を生活者の心のなかに描くことで、ビールだけでなく、可処分時間を充実させるすべての商品(ホットアイマスク、バスソルトなど)からも収益を奪うことができるのです。
『ジョブ理論』という考え方
大きな話題を呼んだクレイトン・M・クリステンセンの新著『ジョブ理論』は、ジョブと呼ばれる商品に与えられた役割こそが、購買行動の原因であると説いています。先ほどのハーゲンダッツの例では、性別、年齢や、OLという職業などという属性はどれもアイスクリームの購買行動と相関はするかもしれませんが、因果関係はありません。原因は残業による可処分時間の減少と、精神的疲労によって生まれた「少ない可処分時間の充実」というジョブなのです。
さらにこの事例では、固くてすぐに食べられないというネガティブな特性も、「最高の幸せは待つ人だけに訪れる」というクリエイティブなアイデアで、優位性に変えています。ジョブの理解はソースオブビジネスの発見だけでなく、効果的な打ち手をも示してくれるのです。
本来無関係に思える間接競合をソースオブビジネスに設定すれば、不毛な競争を避け、大きな市場を狙い、エモーショナルなブランドを立脚することができます。少し前の記事で、「万年筆の競合」について解説をしました。平均価格が5000円程度で、8割がギフト需要である万年筆のソースオブビジネスは、ネクタイです。モンブランは「父親を喜ばせる」という情緒的なジョブを理解しているため、筆記用具としての書き味などは一切訴求しません。その代わりに、ネクタイをつけないヒュー・ジャックマンを理想的な成功者とし、万年筆をその立役者として描いているのです。
いかにジョブを見つけるか?
ジョブを見つけ、ソースオブビジネスを設定すれば、後は商品をより良いソリューションとして描くコミュニケーション設計を行い、マーケティング施策の実行に取り掛かれます。しかし、肝心のジョブはどのように見つければ良いのでしょうか? 残念ながら、定量的なデータからジョブを見つけることはできません。ジョブの発見には、生活者の状況を、生活者の視点から分析する必要があるのです。
ジョブを炙り出すツールとして、ジョブの種類を図にしたものがあります。ジョブには直接的なものと、付随する間接的なものがあります。さらに、機能的側面と情緒的側面があり、情緒的側面は個人の内在的側面と、社会に向けた対外的側面に分類することができます。
まずはもっとも簡単な直接的×機能的ジョブを定義しましょう。たとえば、ボディーシートの場合は「汗を拭き取る」ことかもしれません。内在的側面は「不快感を味わいたくない」ことで、対外的側面は「不潔だと思われたくない」などでしょう。また、「汗を拭き取る」に付随する機能的ジョブは「人前での見た目を整える」としましょう。情緒的×内在的側面は「気持ちを切り替えたい」、対外的側面は「相手に好印象を与えたい」などで良いでしょう。「汗を拭き取る」という直接的×機能的ジョブを共有している競合は同じボディシートや洗顔シートでしょう、しかし「人前で見た目を整える」には化粧品なども含まれます。「不快感を味わいたくない」であればエアコンの効いたカフェなども競合となります。「不潔だと思われたくない」は、すべての身だしなみグッズが含まれます。「気持ちを切り替えたい」のであればガムやタブレット菓子、「相手に好印象を与えたい」のであれば、ファッションアイテムもソースオブビジネスとなります。
ブランド成長に限界はない
このように、ジョブは購買の原因でありながらも、いろいろな競合と共有される広範な役割なのです。ジョブという視点から市場を見れば、たくさんのソースオブビジネスの存在に気づくことができます。自社商品のジョブに対し、不完全な解決策となっているすべての競合から収益を得ることができると考えれば、ブランドの成長に限界はありません。私たちは、ソースオブビジネスの多様性がブランドの継続的な成長に欠かせないことを理解し、ジョブから生まれる複雑な競合関係をマーケティングに活かさなければならないのです。
※本記事はDIGIDAYに寄稿したコラムを転載しています。