言語の発明を起源とするインフォメーションテクノロジー(IT:情報技術)は他のテクノロジーとの融合を繰り返し、私たちに高度な情報活用の能力を与えました。融合可能なテクノロジーの多様化に伴い、その進化のスピードは加速し続けています。
加速するインフォメーションテクノロジーの進化は、マーケティングや広告業などの情報産業に今後どのような変革を起こすのでしょうか?
マーケティングにおけるテクノロジーの多様化は、情報の氾濫とマーケティング業務の複雑化を引き起こしました。この傾向は今後も加速の一途を辿るため、現在はマーケティングの情報活用に大きな変革が求められています。パーソナライゼーション、オートメーション、アナリティクスの融合は、マーケティング実務者の情報の扱い方を一変させ、持続的なマーケティングを実現する可能性を秘めています。
コンテンツパーソナライゼーション
コンテンツパーソナライゼーションは、個々のユーザーの属性や状況に合わせて、個別のメッセージを届ける技術です。集団に向けてひとつのメッセージを発信するマスマーケティングよりも、関連性の強いメッセージを届けることができるため、高いマーケティング効果が期待できます。
アメリカではすでに、世帯ごとに個別のテレビ広告を配信する「アドレサブルTV」が普及しはじめています。従来のテレビ広告よりも高い効果が認められており、すでに8割以上の広告主が利用しています。媒体側の収益増につながる可能性も高く、近い将来に日本でも導入される可能性もあるはずです。コンテンツパーソナライゼーションの重要性を理解するブランドや企業は、ターゲティングされた動画広告の配信に積極的に取り組み、コンテンツパーソナライゼーションのスキルを習得しはじめています。
アドバタイジングオートメーション
アドバタイジングオートメーションは、広告取引の自動化を意味するプログラマティックバイイングに加え、広告のプランニングやオプティマイゼーション(最適化)をも自動化する考え方です。生活者の行動データをもとに、広告配信をリアルタイムに最適化することで、コンテンツパーソナライゼーションをスケール化が可能になります。世界最大の広告主であるP&Gは、生活者一人ひとりとOne to Oneの関係を築くと明言しています。しかし、その実現は、人間業では及ばず、広告配信をリアルタイムに最適化するAI(人工知能)の活用が不可欠となります。
広告のクリエイティブな側面を除けば、配信や最適化などの運用業務は数学的性質が強く、アルゴリズム(計算式)に置き換えることが可能です。コンピューターによる自動運用は人間の速度と能力に制限されることがなく、リアルタイムな広告の自動配信が可能になるのです。広告運用に特化したAIはすでに存在しています。プラットフォームの横断など、大きな課題はありますが、数年後には広告運用の完全自動化が実現されるでしょう。
ジャーニーアナリティクス
生活者が広告を受け入れ、情報に価値を感じる「モーメント」は特定の状況下でしか発生しません。このコンテキストを理解し、モーメントに合わせた広告接触を実現するためには、カスタマージャーニー(生活者が商品に求めるジョブが達成されるまでの一連のブランド体験)の可視化が欠かせません。しかし、生活者の購買行動には広告やマーケティング施策以外のさまざまな影響要因が存在するため、一人ひとりに個別のジャーニーが存在するのです。
ジャーニーアナリティクスは、オンラインの行動データに加え、IoTやビーコンテクノロジー、データシェアリングなどによって得られるさまざまなデータを分析し、個々のカスタマージャーニーを可視化する技術です。個々のジャーニーにパーソナライズされたブランド体験の提供を自動化するすることができれば、ジャーニーオーケストレーション(カスタマージャーニーの最適化)が可能になるのです。
ディズニーワールドのマジックバンドは、パーク内の来園者の特性や行動を可視化し、サービスの効率化と顧客体験の向上を行うために10億ドル(約1100億円)資金が投入された史上最大のジャーニーアナリティクス事例です。ジャーニーの個別最適化を自動化するテクノロジーはいまだ存在しないため、マジックバンドから得られる情報活用はキャストの臨機応変な対応に任せられています。たとえば、来園回数、好きなキャラクター、位置情報などのデータがあれば、初回来園者に好きなキャラクターからのグリーティングというサプライズを提供することも可能になります。ディズニーワールドは現在のテクノロジーをヒューマンインターフェースと融合することで、ジャーニーオーケストレーションを実現しているのです。
target=”_blank” rel=”noopener”>プロキシティマーケティングのソリューションは、店舗販売におけるリピート購入時の手間を省き、顧客ロイヤルティを向上させます。その効果はAmazonを見れば一目瞭然です。1クリックボタンはチェックアウトの手間を省き、Dashボタンは購入の手間だけでなく、商品選択の手間も省いてしまいました。ボタンを押すだけで購入できる利便性は、ブランドを選択する自由に勝る価値を提供し、商品選択におけるブランドの機能を打ち消してしまいます。Amazon Echoは、顧客一人ひとりのニーズにリアルタイムに対応し、音声インターフェースによるレコメンデーションを行うことで、チェックアウトと商品選択の手間を省いています。
商品の選択と購入は、私たちに多量の情報処理を求めます。レビューやランキングなどが低価格・低関与な日用品の購入にも大きな影響を与えるのは、この情報処理を簡略化しているからです。スパイクジョーンズの映画『her』では、人工知能が発達した未来を描いています。映画のなかでは人間並みの知性に加え、何千倍の情報処理能力を持ったコンピューターOSが、ライターである主人公の仕事を編集し、彼の代わりにメールの返信を行うのです。Googleのエンジニアリング担当役員のレイカーツワイル博士はこのような人工知能は2029年までに実用化されると予言しています。十数年後、私たちは膨大な情報量を瞬時に処理できるようになり、不合理な行動を回避できるようになります。生活者を欺くようなマーケティングは通用しなくなり、本質的な価値創造だけが求められるようになるでしょう。
※本記事はDIGIDAYに寄稿したコラムを転載しています。