デジタルメディアの取引には、そのすみずみまでテクノロジーが浸透し、市場は日々複雑化しています。もはや専門知識なくしてROIを高めることはできず、広告主自らがメディア戦略を評価することは困難です。広告主の知識不足に加え、関心の低さも悪影響となり、メディアエージェンシーの業務は透明性を失っています。そしていま、メディア取引における透明性の欠如は、業界全体に大きな不利益をもたらしているのです。
メディアエージェンシーは広告主と媒体社の仲介役として、メディアの購入条件と、販売価格を調整することができます。彼らはメディアの原価にマークアップを載せ、広告主へ販売するだけでなく、媒体社からの大量発注割引またはリベート、無償の広告インベントリ、延払い条件など、取引から派生するさまざまなメリットを受け取り、利益に変換することができるのです。そして、メディアの効果的なプランニングや、効率的な運用業務を通じて、広告主へROI改善などの付加価値を提供することができます。
このようなメリットは、もちろん広告主の大規模なメディア予算がなければ成立しません。エージェンシーと広告主、双方のアセットをもち合わせることではじめて、メディアから価値を引き出すことができるのです。エージェンシーの稼働に対するフィーが支払われていることが前提ではありますが、本来は広告主とエージェンシーが協力し合い、メディア取引の全体を可視化し、予算規模や、コスト削減、パフォーマンス向上から生まれる利益を双方に分配すべきなのです。
日本の広告費、残念な現状
2014年のWFAの調査(PDF)によれば、日本の広告費の投資回収率は世界最低であり、その透明性は中国に次いでワースト2位です。さらに、最近の電通の不祥事からも見えるよう、一部のエージェンシーや業者は、広告主に価値を提供することなく、メディア費から利益を搾取しています。このような状況で、広告主はメディアのROIを最大化することができるでしょうか?
広告主がメディア取引の現状を把握せず、エージェンシーへインセンティブとなる利益分配のスキームを作らなければ、「許容可能な最低限の広告効果」しか受け取ることができません。また、大多数の広告主が、引き続きメディアの透明性に無関心なままであれば、この最低限の広告効果が業界の標準となり、デジタルメディアの価値は大きく引き下げられたままになります。
データから自動的にメディアを買い付けるプログラマティック・バイイングは、高い透明性と、仲介者の少ない効率的な取引を実現してくれるように思えます。しかし、実際は無数のテクノロジーや、データプロバイダーが複雑に絡み合い、それぞれの業者がコミッションを受け取る、不透明かつ非効率なものなのです。
上記の図は、アメリカの一般的なメディアエージェンシーと業者の収益構造ですが、日本ではそもそもアメリカに比べて、一案件辺りのメディア予算が少なく、エージェンシーやDSP事業者のコミッションはさらに割高になる傾向があります。一般的なエージェンシー・トレーディングデスクでは、メディア費の半分以上がこうしたエージェンシーや業者のコミッションに充てられており、多くの広告主が自らデジタルメディア取引を管理する、ブランド・トレーディングデスクの導入を検討しています。
全体像の可視化が第一歩
広告主がデジタルメディアを自ら管理する目的は、エージェンシーや業者へのコミッションを減らすことではなく、コミッションをインセンティブとして正しく機能させ、ROIの改善や、透明性の向上を実現することです。取引に関わるすべての業者、それぞれの支払い条件、そして、ROIへの貢献責任を含む全体像を可視化することこそ、広告主がデジタルメディアを管理するための第一歩であり、ROIの向上にもっとも効果的な方法です。自社のメディア予算がどのように使われているのかを知ることではじめて、広告主は対等な立場でエージェンシーと交渉し、賢いメディア投資ができるようになるのです。
広告の配信設定や、運用業務の複雑さもデジタルメディアのROIに大きなインパクトを与えています。たくさんの顧客を抱えるエージェンシーでは、常に時間と人的リソースが不足しています。しかし、ターゲット属性、タイミング、プレイスメント、フォーマットなど、デジタル広告の配信には無限ともいえる選択肢があり、汎用的な成功法はありません。顧客、そして案件ごとにカスタマイズされた設計が必要になり、中規模の広告キャンペーンを十分に最適化するためには、少なくとも30〜40のバリエーションをテストしなければならないのです。
このような広告の配信条件の設計するだけでも何時間もの工数がかかります。そして、多くのエージェンシー担当者は、効果的なデジタル広告の配信と運用に必要な時間だけでなく、スキルも持ち合わせていません。彼らは定常化された運用業務に追われ、複数の顧客に同様のメディア戦略を提供せざるを得ないのです。もちろん、このようなやり方が大きな成果を生むことはなく、ウォールストリートでは、投資銀行が行う同様のアプローチを”Dumb Money”(馬鹿げた投資)と呼んでいます。
ウォールストリートでは1990年代から、金融商品の取引に人を介在させない自動取引システム(ATS)が活用されています。人の介入を排除することで、金融商品の取引からは主観的な判断や、ヒューマンエラーがなくなり、そのスピードが大幅に向上しました。デジタルメディアの取引においても、人の介入は最大のコストであり、リスク要因でもあります。 取引の自動化は、メディアの買付けと運用にかかるコストを大幅に削減し、ROIを飛躍的に向上させることができるのです。
テクノロジーの知識が成果を左右
デジタルメディアの取引にも、すでに同様のシステムが開発されています。アメリカの大手投資銀行でATS開発を行なっていたマイケル・キム氏がCEOを務めるマーケティングテクノロジー会社Adgorythmics(アドゴーリズミックス)は、FacebookとInstagram広告の買付と運用を自動化する「Adgo(アドゴー)」というプロダクトを提供しています。トップクラスのメディアプランナーの監修をもとに、最先端の数学モデルと機械学習法を兼ね備えたアルゴリズムが、人間には検知できないパターンを見つけ出し、数千バリエーションにも及ぶ広告設計作成と買付け、またリアルタイムな最適化を同時に行ないます。
アドゴーは単にFacebookとInstagramの広告キャンペーンの作成や管理を効率化するためのツールではありません。マイケル氏は、人間の手では不可能なテストの量と速度を通じて、FacebookとInstagram広告の潜在的な価値を最大限引き出すことに成功しているのです。このテクノロジーの存在は、FacebookとInstagramに対する限界ROI(メディア視聴者数にもとづく最大投資回収可能額)までの投資を可能にしています。これからは、広告主のメディア戦略と競合優位性が、このようなテクノロジーの知識に大きく左右されてしまうのです。
メディア取引の自動化により、広告主はさらに、オーディエンスの行動データという貴重な副産物に直接アクセスできるようになります。広告主は、自社内のさまざまな情報を集約し、製品や消費者、競合の情報をもとに戦略を立案することができます。これらの情報にアクセスできないエージェンシーなどのサードパーティーには不可能なことです。広告主は、自らの豊富な知識にリアルタイムなオーディエンスデータを加えることにより、迅速なサイクルで仮説を検証し、メディア施策から得られたインサイトを、さまざまなチャネルのマーケティング活動に適用できるようになるのです。
ブランド・トレーディングデスク内製化の動き
P&G、ユニリーバ、ロレアル、ケロッグ、キンバリークラークなどのグローバル企業は、メディア取引の業務を、従来のエージェンシー・トレーディングデスクから、社内のブランド・トレーディングデスクへと移行しています。これはメディアの買付けと運用業務を社内に移行するということではなく、メディア取引全体を可視化し、戦略的な意思決定を社内で行うことを意味しています。
彼らのプラットフォームは世界的なメディアエージェンシーのサポートを受けて構築されていますが、テクノロジーやパートナーの選定、その契約や支払条件などは、広告主が積極的に管理しているのです。ブランド・トレーディングデスクを擁する広告主は、メディアのROIを第三者に任せるのではなく、自らの手で積極的にデータを活用し、改善することができます。メディア取引の管理を社内に取り込むことによって、透明性が改善されるだけでなく、強い責任意識をもたらすことができるでしょう。
透明性の欠如、容赦のないコミッション、そして複雑で非効率なワークフローにより、現在ではデジタルメディア市場全体の価値が制限されています。ブランド・トレーディングデスクという新しいプラットフォームを確立するためには、まずメディア取引の透明性を求め、バリューチェーン全体を管理可能にする必要があります。これにより、広告主はインセンティブを正しく機能させ、エージェンシーや業者に、さらなる透明性とパフォーマンスの向上を促すことができるのです。
次に、自動化が可能な箇所には、Adgoのようなテクノロジーを導入し、さらなる効率化とパフォーマンス向上を実現すべきでしょう。競合優位性をもたらすブランド・トレーディングデスクの構築には、早い段階で、正しい施策にフォーカスすることが、とても重要なのです。
※本記事はDIGIDAYに寄稿したコラムを転載しています。