※本記事はDIGIDAYに寄稿したコラムを転載しています。
テキサス州オースティンで毎年開催されるアイデア・セントリック・カンファレンス、SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)。ここでは様々な業界リーダーや著名人がインタラクティブ、フィルム、ミュージックの分野でプレゼンテーションやディスカッションを主催し、新しい、革新的なアイディアに発表の場を与えています。インタラクティブ部門は、最先端技術やデジタル・クリエイティブを育む場となっており、明日のテクノロジーに関する大局的な分析や、実験的な実施に今日触れることができます。オースティンで受けたインスピレーションを基に、世界各地の専門家が新しいことにチャレンジすることで、SXSWは業界全体の発展に貢献しているのです。
今年発表された数々のマーケティング関連のトピックからは、ある共通点を見ることができます。それは、ブランドがインターネットに溢れる情報の喧騒を打破(Break through the clutter)し、消費者との繋がりを生むためにはストーリーテリングが欠かせないというものです。今回は先月のSXSWで発表された内容を、以下の4つのトレンドにまとめます。
1. 消費者とのつながりを生むブランドストーリー
2. 感情トリガーの重要性
3. ブランドストーリーを代弁するインフルエンサー
4. コンテンツコントリビューターの台頭
1. 消費者とのつながりを生むブランドストーリー
テクノロジーで消費者体験を拡張することはできます。しかし、オーディエンスとの密な関係を創るためには、依然として人間的な要素を含むブランドストーリーが欠かせません。どんなプラットフォームにおいても、人がコンテンツに期待するのは、何かを売ることだけではありません。人を楽しませたり、役に立ったりするストーリーがなければ、それは一方的な宣伝に過ぎないのです。
質の高いストーリーテリングはもはやオーディエンスに驚きを与えるものではなく、当り前に求められるものです。優れたストーリーは、広告や店頭、PRやソーシャルメディアなど様々なブランドとのタッチポイントで活用できます。テクノロジーによってブランドはこのストーリーを広く、簡単に消費者に届けることができるようになりました。しかし、ストーリーの開発にかける時間やクリエイティブなプロセスを省略することはできません。テクノロジーは所詮ストーリーの伝達方法に過ぎず、ターゲットに共感されるブランドストーリーがなければただ需要を刈り取るだけの宣伝になってしまうのです。
1.1. ノートンのドキュメンタリー:インターネット上で最も危険な街を求めて
デジタルセキュリティのカテゴリーをリードするノートンは、「In Search of the Most Dangerous Town on the Internet(インターネットで最も危険な街を求めて)」というドキュメンタリーシリーズで、サイバー犯罪の暗く、かつ魅力的な世界を明らかにしました。ルーマニア中部の人里離れたリムニク・ヴィルチャの街は、世界中で最もサイバー犯罪が多い都市の1つです。映像は都市部を中心としていますが、その内容からは、共産主義の崩壊、コンピューターアクセス、高い水準の教育を受けている人口、そして国内のビジネスチャンスの少なさなどの複合的な理由から、ルーマニアの国全体がハッキングの温床となっていることがわかります。
1.2. ペルーの貧しい子供たちに空の旅を
ペルーの航空会社LANは、企業のCSRプログラムとして、僻地の経済的に恵まれない子供たちに、首都のリマへの無料旅行を提供するプログラムを実施しています。5年間にわたり、「Kids That Dream, Kids That Fly(夢みる子供、空飛ぶ子供)」と題されたこのキャンペーンで、国内でもとくに貧しい子供たち350人に飛行機旅行の初体験をプレゼントしてきました。
1.3. ウェンディーズがレタスの旅で食材の新鮮さをアピール
ウェンディーズは「Wendy’s Romaine Lettuce Journey(ウェンディーズのロメインレタスの旅)」というオンライン動画で食材の新鮮さをアピールしました。レタスに装着されたヘッドマウントカメラの主観的な映像で、農場からレストランまでのレタスの旅を追いかけています。
「今も昔も、ストーリーテリングには時間と労力がかかります。テクノロジーにそのギャップを埋めることはできないのです。」 – J.J. エイブラムス
セッション:「The Eyes of Robots and Murderers(ロボットと殺人者の目)」2016.3.14
2. 感情トリガーの重要性
消費者の購買行動は論理的であるとは限りません。多くの場合、それは漠然とした感覚に基づいており、何らかの感情トリガー(引き金)が存在します。データに基づき、相手が強く共感するトピックを見つけ出し、ブランドが提供するベネフィットを合致させることができれば、商品を広告やコンテンツの全面に出す必要は無いのです。
2.1. 飼い主とペットが互いを救い合う動物愛護協会のキャンペーン
II型糖尿病を患い、社会的隠遁状態のエリックさんは、シェルターから犬のピーティくんを迎え入れます。この動画では、ペットとの生活が飼い主自身が病を克服させ、健康的で幸せな生活をもたらすという実体験が、実写と線画アニメーションを組み合わせて美しく描かれています。
2.2. 家族愛を刺激するドイツの食料品チェーンのクリスマス広告
年老いた男性が娘から今年のクリスマスは彼女たち家族は帰れないというメッセージを受け取ります。来年には必ず帰れるようにするから、と。そして彼の孫娘が電話口で「メリークリスマス」と叫びます。後に家族は彼が亡くなったことを知り、全員が家に集まると、一緒にクリスマスを過ごすために父が自身の死を演じていたことを知ります。
2.3. バドワイザーが飲酒運転に対する意識向上を求める
バドワイザーは「Simply Put(端的に言えば)」という60秒間のスーパーボウル広告で、飲酒運転の問題に言及しました。イギリス人らしいシニカルさと容赦ない口調で、女優のヘレン・ミレンがアメリカ人をその意識の低さを厳しく叱責し、視聴者に気づきを与えるという内容です。
「共感と人のつながりは、より多くの視聴者にリーチするための超能力です。」 — フランク・クーパー、BuzzFeed
セッション:「The Future Of Media Companies(メディア企業の未来)」2016.3.12
3. ブランドストーリーを代弁するインフルエンサー
ブランドストーリーの代弁者であるインフルエンサーは、オーディエンスの行動に大きな影響を与えます。彼らはメッセージを広めるだけでなく、周りのコミュニティとブランドとの対話を生み、ロイヤルティーなどのブランディング指標の向上に貢献します。
インフルエンサーを起用する際は表現力があり、誠実で、ブランドとオーディエンス、そしてメディアの性質を十分に理解している人物を選びましょう。更に無償で、自主的にブランドストーリーを広めてくれるインフルエンサーを獲得することもブランドの成功にとってはとても重要です。
3.1. HPのインフルエンサーによる商品紹介
ミレニアル世代のエンゲージメントを獲得する取り組みとして、HPはソーシャルメディア上のインフルエンサーがノートPCの特徴を解説する動画シリーズを公開しました。動画の1つでは、体操選手でオリンピックメダリストのサマンサ・ペスゼックが、HPのノートPCを使用して運動ルーチンの微調整を行っている様子が紹介されています。
3.2. アディダスのインフルエンサー主演のイメージビデオ
Adidas Originalsのイメージビデオには4人のインフルエンサーが主演しています。ライフスタイル・ブロガーでモデルのアレリー・メイ、クリーブランド・キャバリアーズのイマン・シャンパート、歌手でDJのキュー・スティード、そしてアーティストのデザイン・バトラーです。それぞれがディストピア的な空間を歩き抜け、トンネルの向こうにある明るい未来へとたどり着く内容になっています。
「あなたがオンラインで会話を起こさなくても、必ず他の誰かが起こします。」 — ダンテ・バスコ、俳優
セッション:「The Social Celebrity Secret Sauce(ソーシャルセレブリティーの秘訣)」2016.3.14
4. コンテンツコントリビューターの台頭
ブランドのクリエイティブチームの一部とも言えるコンテンツコントリビューターは、ブランドが運営するメディアに高品質なコンテンツを提供し続けてくれます。専門知識を持つエキスパートに、コンテンツ掲載の場やツールを提供することで、ストーリーテリングのファシリテーションを行いましょう。コントリビューターとインフルエンサーを組み合わせることでストーリーテリングの幅を大きく広げることができます。
4.1. メイド・イン・テネシー
テネシー州観光開発省が食、音楽、ショッピング、アウトドア、ファミリー向けレジャーなど、カテゴリーごとの専門家による、テネシー州の魅力を伝えるコンテンツを公開しています。
4.2. GAP styld.by
ファッションブロガーによるGAP商品のスタイリング提案を公開しているサイト。アイテム毎のソーシャルメディアへのシェアや、ECサイトでの購入が可能。
4.3. Googleローカルガイド
Googleアカウントがあれば誰でが参加できるGoogleのローカルガイド。地域の情報を投稿することでポイントを集め、Googleの様々なサービス特典を得ることができます。
「ブランドのミッションを信じ、権限を与えられれば、人はそのメッセージを広めてくれるでしょう。」 — エリン・ラバリー、平和部隊
セッション:「How to Cultivate Online Brand Ambassadors(ブランド・アンバサダーの育成方法)」2016.3.13
消費者は指先のスマートフォンからいくらでも驚きや楽しさを感じるコンテンツにアクセスすることができます。広告が商品を売るためだけのものであれば、ブランドに対する好意や愛着は生まれず、顕在化した需要を刈り取るだけになってしまいます。つながりを創るためには、インフルエンサーやキュレーターなどヒトや、プラットフォームやメディアなどモノを用い、感情を刺激するブランドストーリー(コト)を届けなければなりません。テクノロジーはいつの時代もコミュニケーションのあり方を変化させるものですが、本質的なストーリーテリングの需要が無くなることはありません。