ブランドマーケティングを提供するFICCが、テクニカルディレクターの集合体BASSDRUMとの協業を開始しました。両社はお互いの強みをどう活かし、どんな未来を描こうとしているのか。FICCのクリエイティブディレクター林 信輔とBASSDRUM創始者のひとりである鍛治屋敷 圭昭氏が語り合います。
テクノロジーやプロダクトからのアプローチを取り入れる
データを通じて生活者の心理を理解し、デジタルマーケティングの戦略と手法を立案、実践するFICC。林 信輔が率いるメディア・プロモーション事業部は、その中でも主に実際のプロモーションを担当する部門です。
一方のBASSDRUMは、クリエイティブとテクノロジーを横断的に理解し、設計から開発までを手掛けるテクニカルディレクターの集団。鍛治屋敷 圭昭氏も、そのひとりです。実はふたりは以前からの知り合い。BASSDRUM設立のニュースを知った林が、鍛治屋敷氏にアプローチし、今回の協業が実現しました。
林 「FICCは、もともとWeb制作からスタートした会社です。今は戦略立案など上流のイメージが強いのですが、われわれの部門は、FICCの中でも生活者に近いところで、マーケティングとクリエイティブのMIXをテーマに活動しています。手法としてはパーセプションフロー・モデルをベースに、IMC全体を設計するのですが、今、ユーザーエクスペリエンスへの対応が大きく変わってきています。
一般的に消費者の行動はWebのバナーやテレビで認知して、検索行動をして、購買に至るという紋切り型のコミュニケーションフローでよく捉えられます。しかし、消費者の脳内で一気に変化が起こり商品を欲しくなることだってあります。こうした、瞬発的なパーセプションチェンジは昔から存在していたものの、伝える側がうまく活用できず、消費者の行動としては、ないものとして扱われていました。こうしたさまざまな消費者の行動が存在する世界ではプロモーション活動が、本当にワークしているかどうかわれわれも見えづらくなっているのです。
だから、BASSDRUMさんが持っているテクノロジーの知識や、プロダクトからのアプローチといった実践的な視点をうまくMIXさせてもらいたいと思い、お声がけさせてもらいました。僕らはどうしてもマーケット側から入るので」
鍛治屋敷 「僕らは外部CTOサービスなどを通じて、テクニカルな部分の実現をプロジェクトの冒頭から着地まで一気通貫で担うのが、仕事の中心になっていますからね。今のパーセプションフロー・モデルの話でいうと、最近は既存の媒体だけでは有効な効果が得られないケースもあり、新しいものをつくり出さなければいけないことがある。そうなると多くの場合においてテクノロジーが必要になります。その意味で、どのフロー、どのフェーズにおいても、テクノロジーがより重要視されてきているように思いますね。
制作会社がマーケティングの方に進むと、どうしてもビジネス上流の話が多くなり、テクノロジーサイドの知見が薄くなることがあります。逆にエンジニアは、ものをつくる力はあるのですが、ビジネスサイドの話を得意としない人も多く見受けられます。僕らはそこをつなぐのが仕事で、その点はFICCさんの力になれると思っています。
一方で、僕らのように制作サイドの出身で、FICCほどクライアントのビジネスや戦略レイヤーに入り込んでいる会社はそうはないので、そこは僕らにとっても、おもしろい体験ができると思っています」
プロトタイピングを用いたPDCAが新たな価値を生み出す
生活者のライフスタイルの変化が、マーケティングやクリエイティブに変化を促している時代。その中にあって、FICCがBASSDRUMへ協業を持ち掛けたもうひとつの理由があります。
林 「マーケティング戦略は、実行するまでにテストが必要ですが、テストマーケティングの手法は、だいたいがメディアを小規模で動かして反応を見るというものです。ただ、結局それは調査なので、実地のところからは、どうしても離れてしまう。地域限定でも良いのですが、プロトタイプをつくって実際に動かしてみることをテスト段階からやりたいと思っているんです。
テストマーケティングではなく、マーケティングのプロトタイピングですね。具体的には、プロトタイプを1~2カ月のレベルで動かし、仮説から検証までをやってみる。それを何度も繰り返して、最終的な形にしていくという手法をとりたいと思っています」
鍛治屋敷 「その部分は、さきほどおっしゃられた『提案までは通せるけど、実施後の手ごたえがわからない』というところにもつながると思いますね。僕も広告代理店時代はそうでしたが、提案までの間は、パワーポイントと会議とプレゼンテーションで完結していることが多いじゃないですか。
そうなると、すごく考えて練り上げた施策でも、実際につくると違うことがよくある。僕らがやっているのは、まさにプロダクトとかサービスとか形になるものですから、まず小さくつくってみることが重要。プロトタイプがあれば会話がしっかりできるので、ズレないまま具体性を持って実行策まで落とし込めると思います」
林 「技術の視点で語れる人がいると、戦略立案のプロセスの中でも、考え方のラリーが発生すると思うんです。そうなると、僕らからエンジニアへの一方通行ではなく、技術側からのフィジビリティや意見をもとに、戦略を練り直すこともできる。それは最終的に、クライアントや生活者にとって、価値あるものを提供できる可能性を上げることになると思うんです。
一方で、クライアントにも彼らにしかできないことがあるのですから、僕たちの専門性とクライアントの専門性をうまく作用させて、生活者に対してアプローチできれば、3者の間に、Win- Win- Winをつくり出すことができると思っています」
鍛治屋敷 「国内市場がどんどん縮小する中で、どの企業も既存の事業のみでは売上を維持できなくなってきていて、新しい価値をつくろうとしています。当然それは、プロダクトやサービスの形になって現れるので、そこに、ミニマムのプロダクトつくって、PDCAを回すのは良い手法だと思います。僕らも、そこをクライアントと二人三脚でやるときには、意識している点なので、力になれると思います」
業界の垣根が曖昧な今、戦略立案から実践までを担える力が武器に
マーケティング戦略を実践側からも考え、プロモーションをより実効性のあるものにしようとしている林。BASSDRUMとタッグを組んだ背景には、手法的な手詰まり感以外にも、市場自体の変化に対する、懸念もありました。
林 「既存の手法が通用しなくなってきていることに加え、それこそテクノロジーの発展により、広告自体をエージェンシーが手掛けなくてもよくなってきています。業界の垣根が、曖昧になってきているというか。僕がBASSDRUMさんと組みたいと思ったのは、その点でも優位に立てると思ったからなんです」
鍛治屋敷 「広告の垣根は、曖昧になってきていますよね。広告代理店の領域に、コンサルタントやSIerも参入してきている。また制作会社も、広告代理店やコンサルの領域に、どんどん進出してきている。曖昧になった市場の中で、独自性を打ち出していくのが難しくなっているのは事実ですね」
林 「僕らみたいなエージェンシーサイドから、マーケターに転向する人もたくさんいますし、プラットフォーマーからも動く人がいる。一方では、インハウスも活発になっています。クライアント自体が、そうした人材を求めるようになっている今、何もしなければ本当にエージェンシーは消えてしまうと思うんです。最終的に、GAFAとクライアントがいれば、回る世の中になってしまう」
鍛治屋敷 「現にニューヨークでは、世界的にも有名なDroga5という代理店がアクセンチュアに買収されました。ニューヨークは広告でも最先端だと思うのですが、ここでも空洞化と人の流動化が進んでいる。従来の広告代理業だけだと、この先淘汰されていくのは規定路線ですね。これまで言われてきたように、日本にも3年〜5年後に、その波が来るでしょう。
ただ、垣根が曖昧になったことで、代理店出身でプログラムもわかるというスキルが、重宝されるようになったのも事実です。BASSDRUMを設立したのも、そこが必要な時代になると思ったから。プロジェクトの中心に、そうした人材がいた方が間違いなくいいことが多いし、これからの時代のひとつの強みになると思っています」
林 「プロトタイピングの実践も含めて、戦略立案から実践までを、スピード感を持ってやっていくことが重要なのでしょうね。その意味でも、非常に心強い方とタッグを組めたと思っています」
一流のベースとドラムで、新たなメロディを奏でる
マーケティングの全体的な視点に、BASSDRUMの持つテクノロジーからの視点を加え、提案の精度をより高めようとしている二人。お互いの強みを理解しながら、未来に向けて歩み始めています。
鍛治屋敷 「僕らの社名であるBASSDRUMは、文字通りバンドにおけるベースとドラムです。プロジェクトのリズム隊というか、グルーヴを支える役割だと思っていて、そこに上もの、メロディを奏でる方や観衆が乗ってこないとバンドは成り立たないと思っているんです。
そしてその上ものの、最たる方たちがFICCさんで、一緒にリズムを刻む存在としてクライアントやブランドの存在があると考えています。僕ら自身はエンジニアリングや、もともとあるマーケティング知識などでサポートはするのですが、結局、ビジネス全体を考えてやっておられるところと組まないと、成立しません。
FICCさんと組んで、最初のうちは、一時的なキャンペーンなど瞬間風速的な案件もあるでしょう。でも、ゆくゆくは、一緒になってクライアントやブランドに価値をもたらすパートナーとしてやれると思っています。FICCさんは、戦略レイヤーに食い込んでいらっしゃる方たちなので、そこも大いに期待しています」
林 「われわれとしても、今はようやく一流のベースとドラムを得た状態です。だからその人たちを生かすプロデューサーにならなければならないと思っています。
僕らはこれまでビジネス推進のところを一貫してやってきました。今まで、けっして派手ではない領域を地道にやってきたことで、それ自体が僕らのエクイティになっていると思います。その強みを生かして、ユーザーの皆さんの体験自体をトータルで大きくできるような、すばらしい演奏にしていきたいと思っています」
変化する時代を見据え、新たな手法にチャレンジしながら、両社そしてクライアントのWin-Win-Winをつくり出そうとしています。「年内には必ず出す」と力強く語ってくれた、FICCとBASSDRUMのセッションが奏でる新しいメロディに、期待が高まっています。