私たちの生活にパラダイムシフトが起き、未来が予測し辛いこの時代、ブランドや私たちはどのように未来へと向き合うべきでしょうか。
不確実な時代だからこそ、自分たちの存在意義から外れることなく、意志を持って社会に価値を創造し続けることが、最も大切だと思います。
すべてのブランド、すべての人の存在を貴重なものとし、改めて存在意義を見つめ直すこと。そして、存在意義により価値を創造し続けることで、より良い社会、より良い未来が実現される。そう信じています。
FICC 代表取締役 森 啓子
これからの時代に必要なのは、競争ではなく「存在意義の共創」
世界中の人々が直面している、新型コロナウイルスの脅威。さまざまな情報が飛び交い、何が正しくて何が正しくないのか、各国においても政治判断は異なり、先の見えない不安を多くの人が抱えていることでしょう。
さらに、相次ぐ自然災害、国と国との対立、SNS上での誹謗中傷など、私たちが生きる現代社会は混乱に溢れ、人々の心に暗い影を落とすニュースが絶えません。
そんな中、「自分にできることはないか」と考えた人々の行動が共感を生み、不安と混乱の渦中にある人々をエンパワーする動きが生まれています。
コロナ禍において事業継続が危ぶまれているローカルビジネスに対する、 “応援消費” という新たな消費行動も、「いま私たちにできること」を起点として、共感により広がりをみせた意義ある社会活動の形です。
今までの常識が常識ではなくなる時代において、いま私たちにできることは何なのか。この問いは、社会全体で未来を創造していかなければならないいまだからこそ、個人だけでなく、企業・ブランドも向き合うべき問いではないでしょうか。
あらゆるブランドと人がパーパスによって、未来の価値を創造し続けている世界の実現 ―― これはFICCのビジョンであり、私たちが目指す世界です。
この世界には、こんなにも多くのブランドや人が存在しているのだから、同じマーケットを刈り取り合う「競争」ではなく、ブランドの想いや一人ひとりの想いを社会に繋げ、それぞれの存在意義(パーパス)の「共創」によって社会価値と経済価値が創造すること。そして、その集合体がマーケットとなる世界を実現することができれば、この世界はより素晴らしいものになるとFICCは信じています。
また、このビジョンは私たちFICCというブランドが社会に存在する意義でもあり、これが実現されたとき、FICCはこの世界に存在する意義がなくなる。それぐらいの強い想いで見つめている世界です。
このビジョンを実現するために、FICCの一人ひとりが日々学びを価値に変え、そして“ONE FICC”という一つの組織として日々対話し、価値を創造し続けるまでへと進化しました。しかし、こうしたビジョンを見据えられるようになるまでの道のりは、決して平坦なものではありませんでした。
FICCが社会に存在する意義とは。サステナブルな状態を目指して
マーケティングの知識やフレームワークといった知識資源の創造に力を入れてきたFICCですが、組織内では「なぜやるのか」というWHYがない状態が長く続いていました。
当時、自分はビジネスの執行責任を持つ立場ではありましたが、一番の苦悩は離職率の高さでした。マーケティングのナレッジやノウハウを習得した中間層の社員が転職してしまうのです。
教育して育てても去っていく―― 組織が一向に強くならない状態が続き、いまFICCが掲げているような存在意義による価値創造はおろか、採用で組織のリビルディングを続けながらビジネスを成長させていくという、決してサステナブルとは言えない状態でした。
2016年に取締役に就任してまず行ったのが、「FICCが社会に存在する意義とは?」「人生の貴重な時間をFICCで過ごす社員にとっての喜びとは?」という問いに向き合うこと。自分自身も経営者としてFICCに存在する意義、そして経営者である前に一人の人として大切にしている想いを、経営を共にする役員へ伝え、互いの想いを対話しました。
そして役員全員の想いとして、期首の全社キックオフの場で全社員に向けてスピーチ。学生の頃からスピーチやプレゼンは多く経験してきましたが、このときばかりは「こんなにも人生で緊張したことはあっただろうか」というくらい、緊張したのを覚えています。
それは、自分が生きてきた中で心から大切にしている想いを、大切にしている人たちへ届けたい、という強い願いからの緊張だったんだと思います。
私たち「人」とはそもそもどういう存在であるのか、「人」であり続るということはどういうことなのか。そして変化し続ける世界において、価値を創造する人はどういう人であるのか。マーケティングを専門とするFICCだからこそ、これらの問いに真摯に向き合い、価値を創造し続ける重要性を伝えました。
さらに、いまFICCが大切にする「学際的リベラルアーツ」による価値創造の考えとその想いを、社員と共有したい想いとして伝えました。
お互いの存在へ感謝し、多様性を受け入れ、価値創造を実現する ―― このリベラルアーツに基づいた考えを、組織の文化としてだけではなく、ビジネスにおける達成すべき指標として組み込むことで、ビジネスと組織文化の本格的な融合を開始しました。
社会に繋がる「問い」を立てることが、予測できない未来の価値創造を可能にする
FICCでは常に「問い」に向き合う組織であることができるよう徹底しています。
なぜなら、変化し続ける不確実な時代において、価値を創造することができる人は、社会的意義を持ち社会に「問い」を立てることができる人だからです。
社員にとっては「答え」を渡されることがないため、大変な場面もあると思います。しかし、FICCが目指しているのはトップダウンや型にはめた組織ではありません。そうしたやり方では「経営者の想像を超える価値が創造されることはない」と考えているからです。
ただし、突然「問い」に向き合おうと言っても、できることではありません。それはFICCも同様でした。その理由は、日本の教育や社会の在り方が問いに向き合うことを求めてこなかったからです。
日本の教育は、暗記することが学ぶこと、問いに対して正しい回答は一つであることを前提とした教育であり、一人ひとりの存在意義が貴重であるということを前提としていないため、答えのない「問い」に向き合う機会が圧倒的に少ないのです。
自分の人生を豊かにしてくれた海外のリベラルアーツの学びは、人の数だけ答えがあることを前提に「問い」に向き合うことを大切にしています。「問い」に向き合うプロセスを通じて、一人ひとりが自身のユニークな視点や想いに出会い、そして自ら「問い」を立てるまで成長し、そして、最終的には「社会に繋がる問い」を立て、新たな価値を創造できる人になることを目標としています。
では日本の教育がそうなっていないから、日本の企業はそうなれないのか ―― 私は違うと信じています。むしろ、そうであってはならないと思っています。
多くの人は、人生において社会に出てからの方が長い時間を過ごします。企業こそ「問い」に向き合い「社会に対して問い」を立てる人を育み、価値を創造し続けることができる組織を目指すべきなのです。
FICCが大切にする「リベラルアーツ」、その起源は古代ギリシャ・ローマで奴隷として囚われた人たちが市民として解放されるときに、人として生きていくうえで必要な学びとして生まれた「自由七科」が始まりです。
日本の現代社会において奴隷制度はないものの、多くの社会課題は、固定観念や既成概念への囚われによるものです。そういった既成概念から解放され、思考を自由にし、一人ひとりの想いや視点のフィルターを通して、さまざまな学問やメタファーとなるものに視点を飛ばしながら、学際的な思考の旅に出ること。そして社会に対して「問い」を創造すること。
それは昨今求められている「イノベーション」への思考にも通じます。イノベーションとは新しい技術や目新しいものを生み出すことではありません。私たちの中にある固定観念や社会の既成概念を解放し、新しい考え方により、社会をより良い姿へ導くことこそがイノベーションです。まさに「人を自由にする」リベラルアーツの哲学です。
イノベーションの本質への「問い」に出会うためには、純粋な探究心に身を任せた思考の旅が必要であり、それこそが一人ひとりの存在意義によるイノベーション、価値創造へと繋がるのです。
そして“対話”による多様性の交わりと学際的なプロセスを通じて、他者の視点を自身に内在させ、視点を増やし視座を高めることで、イノベーションに繋がる価値を創造することができると信じています。
これらの考えの下、FICCでは、社員一人ひとりが自身のユニークな視点や想いに出会い、そして自ら「問い」を立て、「社会に繋がる問い」を共創し、全社で新たな価値を創造する取り組みをはじめました。
2020年から「ONE FICC ー CROSS THINK TO INNOVATE」という組織テーマを掲げ、毎月全社で「問い」に向き合う会を設けています。その会に向けて、一人ひとりが問いに向き合い、気付きや視点を持ち寄り、対話を通じて価値創造の種を見出す。そして事業部、チーム、プロジェクトという組織のさまざまな共同体において価値創造に繋げていくというサイクルを実現しています。
「一人ひとりの想い」というアンコントローラブルなものをいかにビジネスに融合させるのか
FICCが目指す、一人ひとりの存在意義を価値に変え、未来に繋げるという経営のあり方は、決して簡単なことではなく、むしろ非常に難易度の高い経営のあり方です。
予測できる未来に対して、コントロールできるもののみを前提に経営を考えることの方が効率的でしょう。しかし、それは自分がやるべき使命ではないと思っています。
なぜなら、一人ひとりの想いや存在意義という極めて有機的でコントロールが難しい世界と、経営・マーケティングという論理的で方法論が確立された世界を融合した経営を実現する ―― それが「リベラルアーツ」を信じる自分の人生における使命であり、経営者としての使命であると信じているからです。
関わる一人ひとりの想いを貴重なものとし、かつ効率的に価値を共創する。そんな存在意義による「イノベーションプロセス」を生み出せないか、という問いを持ち続け、2017年頃から社内の取り組みを通じて、可能性を模索してきました。
そして、2020年よりFICCとして正式に「パーパスと学際的リベラルアーツによるイノベーションプロセス」を体系化し、組織に導入するに至りました。
社員一人ひとりの想いと学びを社会に繋げ、それぞれの存在意義の共創によりイノベーションを起こし、未来に繋がる価値を創造し続ける。私たちFICCは、そんな日本におけるロールモデルとなる企業になれるよう、強い意志を持ちアクションを続けていきたいと想っています。
さらに、2020年からはFICCの経営のバリューチェーンにも、一人ひとりの存在意義からバリューを創造するこのイノベーションプロセスを正式に組み込みました。FICCのバリュー創造を通じてビジョンが推進され、FICCの想いに共感いただく第三者の方々と共に共感資源を創造し、共に存在意義によるマーケットを創造していくこと。
FICCが掲げる大義が大義で終わることなく、ブランドと一人ひとりの存在意義により価値を創造し成長し続ける企業を目指していきます。
「一人ひとりがユニークである」という理解だけでは、共創による価値創造は生まれない
FICCでは生活者への広告プロモーションにおいても、ブランドと人の存在意義による価値創造のビジョンを見据えています。広告は「邪魔なもの」といったネガティブなイメージを生活者に抱かせてしまっている側面がありますが、FICCはそんな広告のあり方を変えていきたいと考えています。
FICCが目指しているのは、ブランドの存在意義が、生活者のベネフィットとなり、ブランドが選ばれる ―― そんな広告プロモーションです。
また、FICCの「パーパスと学際的リベラルアーツによるイノベーションプロセス」の取り組みに共感いただいた方々から、広告プロモーションだけでなく、組織のコンサルテーションや、イノベーション支援のコンサルテーションのお話をいただくことが増えてきました。
実際にお話を伺ってみると、どこの組織も直面している課題感というのは、「学びや価値創造に対して、組織が受け身になっている」「新しい世代の新しい価値観を受けて、組織内での世代間ギャップが存在し、共創がし辛い」など、いずれも過去にFICCも直面し、そして乗り越えてきた課題でした。
さらに昨今は「多様性」という言葉が各所で叫ばれるようになりました。しかし、多様性を「一人ひとりがユニークである」という理解で留まってしまうと、ユニークでない状態をユニークな状態にする、すなわち女性の活躍推進、高齢者雇用などの制度や仕組みの話に留まってしまい、共創による価値創造は生まれません。
価値創造のためには、「一人ひとりがユニークであることが貴重なことである」という理解にまでストレッチさせることが重要です。
組織によって抱える課題は違えど、どの組織であっても私たちが「人」であることは変わりません。その「人」を見つめ、私たち一人ひとりの存在意義こそが貴重であるということを起点にして思考すること。そうすることで、共に何を創造するのかという思考に至ることができ、理想的な状態へと辿り着くことができるのです。
そして組織の真の自走とは、共に見るビジョンが存在し、そして組織に所属する一人ひとりの想いが動機となり、ビジョンの実現に向けて、自らの想いを起点に一人ひとりが主体的にアクションを行うことにより実現されます。
おわりに:「互いの存在への感謝」が未来の価値を創造する
「純粋理性批判」のコペルニクス的転回
認識は、すでに存在している外界を主観がいかに受け入れるかではない。認識の対象である世界は、空間・時間および範疇という感性・悟性の先天的形式にのっとって主観が構成したものである。
リベラルアーツを想う時、そしてFICCが信じるビジョンを想う時、哲学者カントの言葉と情景が想い浮かびます。
そして思うのです、一人ひとりの想いや見ている世界は、自分では予測できないような世界であり、それらが人の数だけ存在しているということは、どれだけ素晴らしいことかと。
いま私たちに求められているのは、リベラルアーツの本質である「互いの存在への感謝」、そして大切な想いから社会への「問い」を立て、新たな価値を創造すること。ブランドも、私たち一人ひとりも、互いの存在を貴重なものとして、未来につながる価値を創造することではないでしょうかーー。
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