これまでの広告業界では、ROI(費用対効果)の向上にのみ目を向けるということが多くありましたが、いま広告業界に関わる多くのミレニアル世代は、企業に社会的意義を求め、広告主のビジネス成長と社会課題の解決の両立を模索しています。
しかし、これは広告主側だけでなされるのではなく、生活者の視点をも変えることができなければ、SDGs(持続可能な開発目標)含め、国際的な目標に対して日本企業が大きく貢献することは難しいでしょう。
今回、FICCが広告業界に勤める30歳未満の若者に、「お金を支払ってでも話を聞きたい人」についてアンケートを行った結果、多くのメディアでもご活躍されているロバート キャンベル教授の名前が挙がりました。
日本文化や日本人の意識について専門的な知見と客観的な視点をお持ちで、コメンテーターとして様々な社会問題を解説されているキャンベル教授に、ぜひ広告業界の若者をエンパワーしていただきたい――そんな想いから、より良い社会へと歩むために、日本人の意識を社会にどう繋げていくことができるかについてお話し頂けないかと、キャンベル教授にご相談させていただきました。
そして、お忙しいのにも関わらず、ご快諾いただき、世界最大級のマーケティング・コミュニケーションのプレミアムイベント「Advertising Week 2020:Asia(AW2020:Asia)」において、キャンベル教授とFICC代表 森啓子とのトークセッションが実現。
トークセッションでは「ロバート キャンベル教授に学ぶ『生活者の視点の変え方』」と題し、世界視点で見る日本人の “社会課題に対する意識” や社会構造について、また私たち一人ひとりが「広告を通じて、生活者と共により良い社会へと歩むには?」という問いに対して、若者以外にとっても、非常に多くの気付きを得られる内容となりました。
本記事では、キャンベル教授と森のトークセッションの内容を交えながら、キャンベル教授が語った「生活者の視点の変え方」3つのポイントをご紹介いたします。
ロバート キャンベル教授に学ぶ「生活者の視点の変え方」3つのポイント
1. 「ビッグピクチャー、すなわち全体感を見る機会」を広告世界で醸成していく
森:2017年、スイス・ダボスで開催された世界経済フォーラム、通称「ダボス会議」にて、2030年までにSDGsを実行することによる経済的機会は1,260兆円まで成長すると発表されました。そして今年、同ダボス会議では、あらためて戦略のコアにSDGsを掲げ、社会的意義による経営の重要性がビジネスリーダーに対して提言されました。これはコロナ禍における危機感とともに、社会的意義のマーケットが拡大していると言えるでしょう。
一方で生活者の意識でいうと、2019年8月に28カ国の16〜74歳 2万人を対象に実施された国際社会調査会社 “イプソス” によるSDGsに対しての意識調査では、日本は最下位という結果でした。現状の日本人の意識のままでは、社会、ビジネスにおいて大きな機会損失があると気づかなくてはなりません。
そういった機会損失を生み出している日本人の意識について、キャンベルさんはどのようにお考えでしょうか?
キャンベル教授(以下、敬称略):まず日本列島に暮らしている日本人が一枚岩ではない前提のもと、学校教育や日本語が持つ性質、また商習慣には、日本ならではの特色、そして日本人の意識が表れていると感じています。
そして災害が多い日本列島において、歴史を振り返れば、260年間一度も政権が変わることのない江戸時代を経験し、戦後においても60年以上、一政党による統治が行われているのを見ると、日本人の意識には「安定志向」や「各々の役割を果たしていく」というものが大きなフレームとして存在しているように見受けられます。
それにより、変化が起きにくい、変化を恐れる文化が日本にはあると感じており、変化する時代の中においても、人々の行動変容が加速されない、ブレーキをかけているものが生じてしまっているのではないでしょうか。
たとえば、 “ダイバーシティーが起きにくい” ということも日本の特徴のひとつでしょう。そしてダイバーシティーが様々な企業のイノベーションを活性化していくというのは皆さん知っているものの、「身近に体感することができない」という構造的な課題があると思っています。
一方で、「正しいことをやりたい」という意識は日本人の中にあるんですね。つまり、自分の持ち場できっちり成果を出していきたいという考え方は持っている。そのため、ビッグピクチャー(ビジネスや社会を取り巻く全体像)が見えて、そこから自分の学びや行動、仕事に結びつける機会、またそれが評価される指標というのが社会の中であればよいのですが、日本はそういった構造になっていないということが問題なのです。
そこで個人、そして組織としても、ビッグピクチャーを見る機会というのを増やしていかなければならず、広告の世界の中でそれを醸成していくことが重要だと考えています。
2. 変化や発言を恐れることなく安全であるという空気をつくる
キャンベル:またビッグピクチャーに加え、変化や発言を恐れることなく、安心できる、安全であるということを伝えることも重要であると考えています。
パソナ総合研究所の就労意識調査によると、会社を通して自己研鑽する、出世する等に対して、日本人が最も消極的であるという結果がありました。また起業意欲に関する項目では、日本は17位。しかしインドは上位に入っています。これはインドという国は、ユニコーン企業(評価額10億ドル以上の未上場スタートアップ企業)がアメリカ、中国に次いで多い国だから。
つまり、日本はユニコーン企業が少なく、身近に成功事例がないため、自分の安心して起業する、人や仲間を募るという環境が整備されていないことが調査結果に表れているのではないでしょうか。
さらに日本は、分業主義です。家庭の中での分業、職場の中での分業、また教育でも中学校、高校から文系、理系の選択があり、早期専門化が徹底されています。そのため、自分の持ち場の外へ歩み出すということに、不安を抱えてしまうのは当然でしょう。
たとえば外国語を学ぼうとするときに「変なことを言って、非難されるのでは」と思ってしまうことと同様のことが、横断的にこの日本社会には存在しているように思えるのです。
そうではなく、“Out of the box” すなわち自分の箱の外に一歩出てみる、そこでうまくいかなかったとしても箱に戻れる仕組み、敗者復活できる仕組みがそれぞれの企業や学校、市民社会の中にあることが重要です。
そして発言してもよいという空気、土壌をどうつくればいいかということについて、それぞれが自覚的になっていくことも大切です。
社会構造の問題であるゆえ、広告業界だけの取り組みで解決できる問題ではないかもしれませんが、そうした社会課題について消費者は潜在的にわかっているので、それを明示的に、「こういう問題がある」ということを見えるように表現することが広告世界で求められるのではないでしょうか。
3. 身近で実感しやすいものから「当事者意識」を生活者に抱いてもらう
森:生活者の考え方を変える上で、広告コミュニケーションの役割は非常に大きいと思うのですが、キャンベルさんはどのように思われているのでしょうか?
キャンベル:いまはSNSによって一人ひとりが自由に表現、拡散できる現代です。そんな中、与えられたアルゴリズムの中で取捨選択、情報を取り組む、購入するといったところから、もう一歩踏み込んで、消費者が能動的に当事者意識を持って動けるように広告世界が提言していく、推していくことが大切だなと感じています。
当事者意識がなければ、いくら企業がSDGsと掲げ、社会を良くするということを全面に打ち出しても、消費者は「そんなのを求めていない」となってしまうからです。
たとえば、消費者は(プロダクトが持つ)職人技であったり、デザインに興味はあっても、製造過程での革をなめすことによる水質汚染がどれほどなのかについては求めていませんよね。
しかし、「水が綺麗になり、漁獲量が戻り、おいしい魚を食べることが刹那的なことではなく、5年後、10年後の私たちの食卓に繋がるのだ」ということを、ときめき感も交えながら伝えるとどうでしょうか。
このように、社会問題を消費者が当事者意識を持って捉えられるような、そんな広告コミュニケーションが重要だと思っています。
森:「当事者意識」というのが1つ大きなキーワードですね。私たちの生活の中で、身近で実感しやすいものから当事者意識を得ていき、より良い社会や未来に繋げていくということが大事であるのだと、とても貴重な視点をいただきました。ありがとうございます。
日本人の意識、そして課題についてお話いただきましたが、社会的意義によるマーケットを戦略的に捉えていくためにも、日本人のポテンシャル、機会についてはどうお考えですか?
キャンベル:日本人は「空気を読む」とも言われますが、社会の空気を感じ、そこからどう自分が行動すべきかを考えるところに優位性があると思っています。
そして没個性、すなわち日本人は個々の表現が自粛的に抑制されがちであるものの、人々の話に耳を傾けるといった傾聴力があるため、足並みを揃えて皆で良い社会に向かっていけるポテンシャルはあるなと。特に昨今のコロナ禍における消費者としての行動が変容していく中では、日本が持つ一つひとつの特徴、資質が世界の求めるサービス、思考、政策に結びつく可能性があると思っています。
しかし、それを実現させるためには、資本、仕組み、表現媒体が不可欠です。構造として体系的に調整していくことが重要であり、そして広告媒体には生活者にどんな行動を起こさせるか、広告を通じて生活者の能動性を生み出していくことに、大きな役割があるのではないでしょうか。
ブランドと生活者が共により良い社会へと歩むために
世界的にも社会課題に対する意識が低いと言われている、私たち日本人。この問いに向き合うとき、「意識が低い」という課題だけに着目するのではなく、同時に私たち日本人のポテンシャルを見つめることを忘れてはいけません。
今回、キャンベル教授とのトークセッションを通じて、日本人が持つ傾聴力、それにより足並みを揃えて皆で良い社会に向かっていけるポテンシャルがあるからこそ、ブランドが信じる社会的意義ある世界(ビジョン)をビッグピクチャーとして、ブランドが生活者に示すことが重要であると、をあらためて学ぶことができました。
そしてブランドが示すそのビジョンに対し、生活者一人ひとりが当事者意識を持って関わることができるよう、問いを生み出すための余白を設けることも重要でしょう。
広告を通じて、生活者の視点を変え、ブランドと生活者が共により良い社会へと歩む。広告に関わる私たち一人ひとりが、この問いに向き合い、アクションを起こすことができれば、ビジネス成長と社会課題の解決、この両立がなされる未来を創造することができるはずです。
そして、様々なものが見直されている今だからこそ、社会における広告の役割についても、見直されるべきタイミングではないでしょうか。
FICCでは「あらゆるブランドと人がパーパスによって、未来の価値を創造し続けている世界の実現」というビジョンを掲げています。
2020年からはFICCの経営のバリューチェーンにも、固定観念や社会の既成概念から解放され、一人ひとりの存在意義からバリューを創造するこの「イノベーションプロセス」を正式に組み込むなど、FICCが掲げる大義が大義で終わることなく、ブランドと一人ひとりの存在意義により、未来に繋がる価値を創造し成長し続ける企業を目指しています。
広告主や広告業界に関わる一人ひとりが、問いに向き合い、社会への価値へと変えていくことができれば、ビジネス成長と社会課題の解決を両立する未来を創造することができる、そう信じています。そして、ブランドと生活者が共により良い社会へと歩むためのイノベーションを起こし、未来に繋がる価値を創造し続けられるよう、私たちFICCはこれからもアクションを続けていきます。
──今回の「Advertising Week 2020:Asia(AW2020:Asia)」では、キャンベル教授以外にも、中川政七商店 取締役 緒方恵氏とFICC森による「『パーパス』に責任を持つ覚悟はあるか」というテーマでのトークセッションも行われました。
こちらについても「AW2020:Asia セッションレポート」と題してご紹介いたします。
AW2020:Asia セッションレポート
・【AW2020:Asia セッションレポート 2】中川政七商店 緒方氏と語るパーパスとプロフィットの両立に必要な4つの視点
執筆:永田優介