SDGs(持続可能な開発目標)の期日まで10年をきった2020年。広告業界やマーケティング業界では「パーパス」や「サステイナビリティ」といった言葉が飛び交っています。しかし、FICCではこれらがPRや一時的なブームであってはならない、と考えています。
そしてパーパスに責任を持つということは、戦略の起点となる「資源」として捉えることではじめて、パーパスとプロフィットの継続的な両立が可能になるのです。
今回、世界最大級のマーケティング・コミュニケーションのプレミアムイベント「Advertising Week 2020:Asia(AW2020:Asia)」にて、「ビジョンファースト経営」を実践されている会社として多くのメディアでも注目を集めている中川政七商店 取締役 緒方 恵氏と、FICC代表 森啓子による、「『パーパス』に責任を持つ覚悟はあるか」と題したトークセッションが行われました。
本記事では、緒方氏と森のトークセッションの内容を交えながら、パーパスとプロフィットの両立に必要な4つの視点をご紹介いたします。
「個々の存在意義を見つめないことは、社会、ビジネス全体においても機会損失」FICCが目指すパーパスを軸にした経営とは
セッションではまず、ブランドの存在意義と経営のコアについてのお話がありました。
緒方氏(以下、敬称略):ビジョンにおいては、「自分たちがどう生きるか」という視点を大事にしています。人と人の付き合いにおいて重要なのは、その人がどう生きてるか、そしてその生き様を信頼できるかどうかが重要で、言ってしまえば好きか嫌いか。この視点は企業においても大事だなと。
なぜなら、今後の購買行動というのはますます投票行動と等しくなっていきます。消費者は「この会社に残ってほしいから」と投票の意味も込めて買うという購買心理が働くわけです。
すなわち、価格や便益だけで消費者が行動しなくなったいま、いかに好感を得て、共感を積み上げ、信頼を勝ち取るか。そのために私たちは「どう生きるか」という確固たる信念が不可欠であり、それをどのように伝えるかがブランディングにおいて重要だと考えています。
では私たちのビジョンはというと、「日本の工芸を元気にする」というのがビジョンです。当然、 “工芸” というのは私一社の話でなく、業界全体を指しており、 “元気にする” というのは職人が適切な報酬を得て、誇り高く生きている状態を指しています。
また、このビジョンを定量指標に置き換えると、KGIとして掲げているのは「日本で生産される工芸品の総流通金額」。つまり、自社SPA事業の売上というのは、ひとつのKPIなんですね。
そしてなぜこのビジョンが生まれたのか、その背景としてあるのは、工芸品の生産額はピーク時の5,400億円から1,000億円にまで減少し、職人の数も30万人から7万人へと減少、さらにその7割が65歳以上という、業界全体が右肩下がりをしていることが挙げられます。
このままでは日本のものづくりが危ない、日本の伝統的技術、風習がなくなってしまう。なんとか残したい――そういった危機感が使命感へと変わり、意義となり、自然と生まれたビジョンが、「日本の工芸を元気にする」というものでした。
そして自社でつくって売るSPA事業だけでなく、コンサル事業や工芸メーカーの卸売などにも展開しているのは、中川政七商店が「なんでもやる」と覚悟を決めたからなのです。
森:緒方さんのお話は、まさにビジョンがブランドの存在意義でもあり、マーケットでもあるということを意味しています。そして、これはFICCが考えるブランドマーケティング、そしてパーパスとプロフィットの両立そのものです。
一般的に “ブランディング” と “マーケティング” は分けて話されがちですが、FICCでは「ブランドマーケティング」という考え方を大切にしています。なぜなら社会や生活者の中に意味として存在しているブランドこそが、マーケティングにおける最重要資源であり、結果的にはROE(ブランドエクイティを含む自己資本利益率)の高い経営ができると考えているからです。
そしてブランドの社会的意義による、極めて戦略的なマーケティングがなければ、パーパスとプロフィットの両立ができず、CSR(企業の社会的責任)やソーシャルグッド(社会貢献を目的とした事業活動や取り組み)の文脈に留まってしまうでしょう。
一方で、より多くのブランドが社会的意義を掲げたブランドマーケティングによって戦うことにより、新たな市場が創造され、より良い社会へ加速していくと考えています。
さらにこのことは、ブランドのみならず「人」も同じであるとFICCは考えています。同じマーケットを刈り取ろうとするのではなく、ブランドも人もそれぞれの存在意義によって独自の価値を生み出し、独自価値のコラボレーション、すなわち共創によって、ひとりでは成し得ないような、より大きな価値を社会に創造していくこと。これからの時代のイノベーションはそういった姿であると考えています。
そこでFICCでは、経営のコアに「学際的リベラルアーツ」を掲げ、社員一人ひとりの想いや学びという極めてオーガニックな世界と、マーケティングというロジカルな世界を融合させ、個々の存在意義から新たな価値が創造し続けられる、パーパス・ドリブンなイノベーション組織を目指しています。
リベラルアーツの本質は、問いに向き合い、自ら問いを創造し、互いの存在に感謝し合いながら、視点や知識を掛け合わせて価値を創造していくこと。そして、そういった組織をつくるために経営として大切にしているのは、「問うこと」です。
そこでFICCでは「答えを渡さない」ということを徹底しています。答えという枠の中に、一人ひとりの存在意義、パーパスを存在させることは難しく、結果そこに動機は生まれず、本人の主体性による独自の価値は生まれないと思うからです。
特にコロナ禍のいま、変化し続ける時代において、社会や組織が決めた枠、答えという枠の中で、独自の価値を創造し続けることは限界があるでしょう。
そして日本のように人口が減少している社会では、個々のパーパス、存在意義を見つめないということは、社会とビジネス全体において大きな機会損失であると考えています。
そしてFICCではこの想いを大義で終わらせず、ビジネスに繋げていけるよう、学際的リベラルアーツによる価値創造、イノベーションプロセスを自社の組織戦略へ、そしてビジネスのバリューチェーンに組み込んでいます。
たとえば毎月実施している全社会では、ポジション、年齢、雇用形態に関わらず、所属する全メンバーで答えのない「問い」に向き合い、対話を通じて新たな「問い」を創造し、イノベーションの種を事業や専門領域におけるビジネスの価値に変えていく、といった取り組みを継続的に行っています。
ブランドも人も、自ら価値を創造し、より良い社会、より良い未来へと自走することができる――すなわち、「あらゆるブランドと人がパーパスによって、未来の価値を創造し続けている世界の実現」。これはFICCが掲げるビジョンであり、さらにFICCというブランドが社会に存在する意義であり、パーパスでもあります。
いかにパーパスとプロフィットの両立を実現するのか
森:コロナ禍でパラダイムシフトが起きているいまだからこそ、本質を見つめ直し、ブランドの社会的意義からブレることなく、ブランドの存在意義を起点に未来に対して何ができるかを考え、社会へ貢献する価値を創造し続けること。これこそが最も大切でコミットすべきことです。
そして「パーパスに責任を持つ覚悟」について、FICCでは下記4つの視点が大切であると考えています。
しかし、当然のことながらパーパスとプロフィットの両立は容易なことではありません。
そこでパーパスとプロフィットの継続的な両立のために何が必要であるのか、という問いに対して、新たに4つの視点について見ていきます。
1. ブランドの社会的意義である「ビジョン」を自社の優位なマーケットとして捉え、そのマーケットを創造していく
森:商品やサービスが求められるマーケットではなく、ブランドが実現したい世界、すなわちビジョンをマーケットとして描き、さらにそのビジョンが消費者や生活者、社会、ステークホルダーと多くの方に求められるマーケットとして描くこと。
そしてそのマーケットの中で提供されるベネフィット(顧客が商品から得られる良い効果)が、自社が保有している独自資源、または優位な資源によってもたらされること。
この2つの成立が、パーパスとプロフィットの両立における「競争力」という点で重要な1つめの視点です。中川政七商店さんの場合、ブランドが資源優位性を持ち、それによりベネフィットが提供されるという点について、どのようにお考えですか?
緒方:私達の場合は、ビジョンに基づく強い信念、すなわち「WHY」が強かったため、「HOW」と「WHAT」が増えていった、というのが肝だなと。強い「WHY」があることで、何をどうやるかという「HOW」と「WHAT」の抽象度がどんどん上がっていったんですね。
つまり、「WHY:日本の工芸を元気にする」に対して、「HOW:死にものぐるいで」「WHAT:何でもやる」となっていき、その結果、唯一無二の仕組みとなっていきました。
そして強い「WHY」があることは、企業文化のアップデートにも大きな影響を与えています。
「日本の工芸を元気にする」という覚悟により、アグレッシブな経営判断が増えていき、300年以上続く老舗であるにも関わらず、社風はスタートアップのようなカルチャーです。
それが私たちの独自性を後押しし、その独自性に対する誇りというのが、エンドユーザー様にとっては接客の品質に跳ね返っていると思っています。
2. イノベーティブな社会的意義「パーパス」を見出す
森:2つめの視点として重要なのが、イノベーティブな社会的意義「パーパス」を見出すことです。「ビジネスにイノベーションを」とよく謳われますが、ブランドの社会的意義による戦略的マーケティングにおいては、パーパスこそイノベーティブな思考が求められます。
イノベーションとは新しい技術や目新しいものを生み出すことではありません。私たちの中にある固定観念や社会の既成概念を解放し、新しい考え方により、社会をより良い姿へ導くことこそがイノベーションです。
そしてブランドがより良い社会のために新たな思考の一手を打ち、その思考が一般化し概念化していくことこそが、ブランドの社会的意義によるマーケット創造です。
そのためにも、業界や社会課題である固定観念や既成概念を覆し、よりよい姿へ導く独自の哲学を持つことが重要なのです。
3. 共感されるパーパスは、資源を調達しマーケットを創造する
森:3つめの視点として重要なのが、共感されるパーパスは、資源を調達しマーケットを創造するということです。
ブランドが見つめる社会課題と、その既成概念を覆す新たな思考や哲学、そしてそのストーリーが消費者、社会、ステークホルダーに求められ、共感されるほど、資源の保有力、資源の調達力が加速します。
資源というのは金銭的資源だけでなく、組織内での人的資源、また協業先やメディアなどのネットワーク資源も含まれます。社会的意義がより求められる時代だからこそ、経営やマーケティングに「共感」、そして「ストーリーテリング」が求められるのです。
4. パーパスによる「イノベーション」を、人と共に起こす
森:最後に、4つめの視点として大切なのは、パーパスによる「イノベーション」を人と共に起こすということです。
共感されるパーパスにより資源の調達力が加速することは、組織の垣根を越えた共創にも繋がっていきます。共創について、緒方さんはどのようにお考えですか?
緒方:ビジョンへの共感というのは、徐々にビジョンが自分たちだけのものではなくなっていくということ。顧客にとってビジョンへの共感というのは、投票行動の源泉となり、応援者になることであり、コンサル先などのパートナー企業にとっては、ビジョンが共闘のための旗印になります。
そして、それがそのままコミュニティという資源になっていき、我々の場合であれば「みんなで日本の工芸を元気にしていこう」という共通の目的、共通の価値観の共有によって、顧客と提供者、コンサル先とコンサル元といった垣根がなくなっていくのです。このコミュニティが新しいビジネスマーケットと言えるでしょう。
森:従来までは、新規事業や新商品開発について語られる際、顧客が解決したいことや自社の独自機能やベネフィットから価値を生み出していくことが主流でした。
しかし、これからの時代はそれだけでなく、より良い社会のために、ブランドや関わるすべての人たちのパーパスと存在意義によって、まだ消費されていない、無消費の市場に対してイノベーションを起こし、新たなマーケットを創造していくことが求められます。
おわりに:「互いの存在への感謝」が価値を創造する
セッションの終わりには、緒方氏より視聴者へのメッセージが送られました。
強いWHYが源泉となり、事業を急成長をさせた過程で知見が培われ、変化に強い強靭な企業文化が育ち、自社だけでなく共に戦ってくれる仲間や応援してくださるお客様が生まれる。つまり、イノベーションというのは、強いWHYによってもたらされた「知識」「文化」「コミュニティ」の掛け合わせで生み出された産物だとあらためて思いました。
そしてビジョンやWHYというのは、言ってしまえば会社として目指すべき「北極星」。目指す星が定まっていれば、みなが各々考えて行動してもたどり着くことができます。
そのため、あらためて自分たちが何者であって、どこへ目指すのかを固めれば、あとのことは自動で組み上がってくるのではないかなと思っています
FICCでは、強いパーパスと共に、社会的意義によるブランドマーケティングの知識によって、関わるすべての方々、クライアント、生活者をエンパワーし、パーパスとプロフィットの両立によって、より良い社会、より良い未来へと貢献していきたいと考えています。
そしてブランドの想いや一人ひとりの想いを社会に繋げ、それぞれのパーパスの「共創」によって社会価値と経済価値を創造すること。
その集合体がマーケットとなる世界を実現することができれば、この社会はより素晴らしいものになるとFICCは信じていますし、日本におけるロールモデルとなる企業になれるよう、強い意志を持ちアクションを続けていきます。
AW2020:Asia セッションレポート
・【AW2020:Asia セッションレポート 1】広告でいかに生活者の視点を変え、より良い社会を目指していくのか。ロバート キャンベル教授に学ぶ3つのポイント
執筆:永田優介