2021年8月17日、FICCは、インターネットにおける炎上や風評被害などのデジタル・クライシス対策のエキスパート「シエンプレ株式会社(以下、シエンプレ)」との協業によるサービスをリリース。翌18日、「ブランドから生活者へ、今捉えるべきコミュニケーションのあり方とは」というテーマでウェビナーを実施しました。
現在、多くの企業は、コロナ禍によって大きな変革を問われており、さらに世界的なESG投資の浸透によってSDGsへの本格的な取り組みが求められている状況です。ブランディングやマーケティングにおいて、こうした世相を捉えたコミュニケーションの重要性は述べるまでもありません。過去、世の風潮を無視・軽視した施策が、SNSで幾度となく「炎上」し、企業が謝罪やクリエイティブの取り下げを行うケースが増えています。SNSはブランドと顧客をつなぐ貴重な接点になりましたが、些細な出来事からブランド毀損に繋がりかねない「炎上リスク」も同時にもたらしています。
ブランドコミュニケーションが炎上する原因は、「ブランディングとマーケティングの分断」だとFICCとシエンプレは考えています。ブランディングがCSR活動に留まったり、マーケティングが利益を生むためだけの活動だと捉えたりする状況は、コミュニケーションによる炎上を引き起こしかねません。
「ブランドが有する社会的意義に一貫性があるメッセージやアクションが重要」とウェビナーの口火を切った、FICC代表取締役の森と、シエンプレ デジタル・クライシス総合研究所 主席研究員の桑江 令氏が、ブランドコミュニケーションと炎上の関係性について事例を豊富に交えながらディスカッションを行いました。
炎上をどう定義するかはブランド次第。対応次第でプラスに作用するケースも
まず、累計取引社数6,000社超、警察庁サイバーパトロール業務通算5年間受託など、炎上の分析や対策において豊富な実績を持つシエンプレの桑江氏が、同社による炎上の定義を下記のように紹介しました。
企業、団体や個人などの事物が発言した内容、行った行為について、ソーシャルメディアを中心とするメディア上で概要が掲載・拡散され、その後の批判や非難が殺到(言及した投稿が100件以上存在)すること
「しかし、これはあくまで統計的な定義であり、本来の意味における炎上はそれだけでは定義できない」と桑江氏は語ります。たとえば、ナイキジャパンが2020年に展開した「You Can’t Stop Us: The Future Isn’t Waiting ※1」は賛否両論を巻き起こしました。SNSにおいても非常に多くの言及があり、ネガティブな投稿の割合は約45.5%に登ったといいます。「定義にある100件以上のネガティブな投稿が発信・拡散されていますが、もし同社がこの状況を想定しており許容範囲内と捉えている場合、この状況は『炎上ではない』と言えるでしょう」と桑江氏は続けます。「つまり、企業は多くのネガティブな反応があったとしても画一的に炎上と判断すべきではありません。施策からどのような投稿や議論が生まれるかなどのリスクを事前に想定して、『どこまでを許容範囲とするか』を定めておくことが重要です」と炎上リスクの事前想定を訴えました。
炎上による施策の取り下げは、施策コストが無駄になるだけではなく、ブランド毀損につながるリスクもあります。一方で、「炎上に見えた施策でも、メッセージや表現の意図を丁寧に説明したブランドが、生活者から真摯な姿勢を評価され、施策が継続になった事例もあります」と、桑江氏は対応によって炎上後の展開を変えられる点に言及します。「こうした対応を行うためには、ブランドの姿勢と伝えたいメッセージの一貫性が必要不可欠です。だからこそ、安直な施策取り下げによる火消しを行うのではなく、『一定の批判を承知してでも伝えたいブランドの社会的な意味はなにか?』を整理しておくべきなのです」と森がブランディングとマーケティングの一貫性を訴えました。
※1 『Nike – You Can’t Stop Us: The Future Isn’t Waiting』W+K Tokyo
ブランドの意味と時代の空気感、生活者の価値観。捉えるべき3つの文脈
次に、「ブランドの意味の有無によって、似通った表現でも生活者の受け止め方は変わります」と事例を交えて紹介されました。昨今、批判の声が上がる表現が、女性の性的表現です。飲料メーカーのプロモーション映像で、有名Youtuberを多数の水着女性で取り囲む演出表現や、市長選挙討論会のポスターが女性のグラビア写真のような表現になっていたケースでは、批判の声が多数上がりました。
一方、水着の女性を描いたにもかかわらず、好感の声が多く寄せられた事例が、蚊取り線香で有名な金鳥のCM「金鳥の水性シリーズ『水性おじさん』篇 ※2」です。桑江氏によると、「水着の女性が大きく描かれているものの、この広告におけるネガティブな投稿はほとんど見られなかった」といいます。この事例に対して、森は「近年、同社は新聞広告でなぞなぞをしたり、蚊を線でつないで現れるメッセージを読ませたりするといった「読めない広告※3」を展開しており、意欲的な広告表現に挑戦している企業として認知が広まっているのではないか」と分析。「生活者が、この広告を『金鳥がまた面白い広告をつくった』と受け止めたからこそ、ネガティブな投稿につながりにくかったのではないか」とブランドの意味の重要性を説明しました。
しかし、「ブランドの社会的な意味を捉えただけでは、炎上リスク対策として十分ではない」と森は語ります。「ブランドの社会的な意味を、時代の空気感に寄り添った『独自性』にまで解像度を高める必要がある」と強調しました。
近年、女性の社会的な不平等を解消するための企業が多く立ち上がったり、これまで企業に声が届いてこなかったマイノリティの方向けのプロダクトが生み出されたりするなど、多様性に向き合うブランドが増えてきました。ブランドコミュニケーションにおいても、さまざまな体型や肌色のモデルの登用をはじめ、多様性(ダイバーシティ)をテーマにした広告表現が多く見受けられます。一方、「こうした多様性の広告は表現が画一化しやすく、『表現の盗用』として炎上につながった事例もある」と警鐘を鳴らします。
日本のブランドが吸水ショーツをリリースした際の広告が、過去にニューヨーク発の同商材を扱うブランドの広告の表現と比較され、生活者からは「盗用」と認識されてしまいました。結果的に、日本のブランドは謝罪を行い、この広告を取り下げています。
比較対象となったふたつの広告表現は、商材や多様性への姿勢など共通点が多かったことも事実です。しかし、それぞれのブランドストーリーまでさかのぼってみると、両社はそれぞれ独自の思想を持っています。一方は、「女性が自由に生きるためのお手伝いがしたい」がブランドの発端であり、もう一方は「貧困が原因で生理用品を買えずに学校へ通えない女の子を救いたい」から生まれているブランドです。「両ブランドの思想は大きく異なるにもかかわらず、時代の空気感のみを捉えてしまい、ブランドの独自性が表現に落とし込まれていなかったことで類似し、炎上につながってしまった」と森は指摘しています。
「ただし、ブランドの意味を時代の空気感を捉えて独自性まで昇華しても、まだ対策不足な点が、ブランドコミュニケーションの難しさです。ブランドの意味が『生活者にきちんと認識されているからこそ生まれるリスク』も存在するのです」と補足しました。
紹介された事例が、有名な絆創膏ブランドの施策です。Black Lives Matterの運動が活発になった頃、同社は「アフリカ系アメリカンの人々をサポートすると約束します」というメッセージを投げかけ、どのような肌の方でもマッチする多色絆創膏をローンチすると発表しました。しかし、「遅すぎる」といった声が多く挙がり、「発売から99年間、白人基準の明るいトーンの絆創膏を販売し続けてきたブランドの姿勢※4」を問われる事態に発展してしまったのです。「ブランドからのコミュニケーションが『生活者の認識にあるブランドの意味』と乖離しすぎてしまったことが原因と考えられます。生活者は、ブランドの想像以上にブランドを見ており、理解しているのです」と森は言います。
一方、ブランド独自の意味を、時代の空気感と生活者の価値観にあわせて上手く伝えられた事例も紹介されました。2014年頃、当時の親世代が子どもに外見重視の価値観を与えるのではと懸念し、売上が低迷していたバービー人形です。そこで、ブランドは「無限の可能性を秘めている女の子たちをエンパワーメントしたい」というバービー人形が誕生したきっかけを軸に、Instagram投稿と並行した「Imagine the possibilities※5」というプロモーションを実施しました。Instagramでは、人類が月に到達する前から宇宙服を着ていたり、昔から医者や政治家になったりしていたなど、「何者にもなれる」を体現してきたバービー人形の歴史を振り返る投稿を行い、今の時代にあったブランドの社会的な意味を伝えることに成功したのです。その後ビジネスは回復していき、現在も多くの人に愛されるブランドとして親しまれています。
※2 『金鳥の水性シリーズ『水性おじさん』篇』大日本除虫菊株式会社
※3 『新聞広告』大日本除虫菊株式会社
※4 同社は2005年に多色絆創膏を販売していたが、当時の生活者は関心が薄く、販売中止になっている。
※5 『Imagine the possibilities』Barbie_Youtube
コミュニケーションは生活者の理解から。アクションは想いのつながりから生まれる。
ここまでで事例を交えた解説を一通り終え、ウェビナー参加者からの質問に森と桑江氏が回答しました。最初は、「生活者は、企業やブランドからのメッセージを深く理解した上で反応しているわけではなく、表層的な部分だけを受け止めていると感じています。3つの文脈を捉える以外にも留意すべきことはあるでしょうか」という質問です。
この質問に対して、森は「生活者に伝わるコンテキストレベル(=抽象度)に落とし込むことが重要」と回答しています。日本人のコミュニケーションはもともとハイコンテキストな傾向にあるため、多様性のような社会課題をテーマにしたブランドコミュニケーションを行う際、「意図は伝わるだろう」と担当者は考えてしまうかもしれません。しかし、こうした社会課題はさまざまな要因が複雑に絡み合って構成されており、「多様性」のコンテキストレベルでは、生活者の受け止め方に大きな幅が生まれてしまうと言います。「受け止め方の幅が広いほど意図も伝わりにくくなるため、ブランドとして伝えたいテーマを、生活者に伝わるコンテキストレベルやストーリーに落とし込んで発信することが重要です」と、伝える相手の理解度を想定するようにアドバイスしていました。
また、「誰もがSNSで自己主張できる時代に、そもそもブランド側が炎上をコントールすることは難しいのではないか」という質問に対して、桑江氏は「ネガティブ投稿や炎上を100%発生させないことはほぼ不可能と考えた上でのコミュニケーション設計が必要」と回答しています。「その上で、やはりどこまでを許容するか、そのライン決めが重要です」と、これまでの内容を振り返りました。
森は「現在はブランドが『何を言うか』ではなく、『何をするか』が生活者に厳しく見られていると理解し、新しいコミュニケーションとこれまでのブランドの意味にギャップがあるのならば、その差を埋めるアクションをしていく必要があります」と補足しています。「施策で炎上が起きた時、そのブランドを深く知っているファンの方が、ネガティブな投稿に対してブランドを守る行動を取ってくれるケースもあります。生活者とのこうした関係性は、これまでのブランドの姿勢とアクションによって築かれてるものだと考えています」と桑江氏も共感していました。
最後に、森は「ブランドアクションは無理やり生み出すものではなく、組織内外の対話から、人と人の想いや行動が交わって生まれてくるものだと考えています。今回の協業も、社内メンバーの想いをきっかけに生まれたプロダクトです。今回のウェビナーも、また新しい活動が生まれる機会になれば嬉しいです」とウェビナーを締めくくりました。
ブランドが自身を知れば、攻守一体のコミュニケーションが可能に
ウェビナーでは、ブランドコミュニケーションの炎上リスクをコントロールするためには、「ブランドの意味」と「時代の空気感」、「生活者の価値観」を捉える必要があると繰り返し説明がありました。
この度リリースした「リスクコントロールド・ブランドコミュニケーション」は、FICCが積み重ねてきたブランドマーケティングの知見と、リスク対策のエキスパートであるシエンプレの協業によって実現したプロダクトです。ブランド独自の意味をブランドや社会、生活者の視点から整理することで、ブランドをリスクから守りながら、生活者に的確に伝わるコミュニケーションを設計できます。
現在は、ESG投資の浸透や、社会課題に関心が高いZ世代の台頭などにより、ブランドの社会と向き合う姿勢や態度がビジネスに影響を及ぼす時代です。だからこそ、ブランドが自身の社会的な意味を多角的な視点から認識した上で、ステークホルダーとコミュニケーションすることが重要であると、私達は考えているのです。