日常生活のあらゆる場面で利用される一方で、環境問題の原因にもなってしまう“プラスチック”。そんなプラスチックに新たな価値を見出したいと始動したのが「Life Plastic」プロジェクトです。メンバーは中村萌子(FICC)をはじめ、ナリタタツヤさん、田川貴之さんの3名。2021年の春に結成し、メンバー全員で興味や関心を交換しながらコンセプトのアップデートを繰り返してきたといいます。
私たちFICCが大切にしているのは“人の想い”。「CROSS THINK TO INNOVATE」という言葉があるように、さまざまな問いと出会うことで、新たな価値を生み出す活動の原動力になると信じています。今回はその想いがプロジェクトに繋がった事例のひとつです。目指すプロダクトの形が見えつつある今、結成の理由から彼ら、彼女らならではの独自のプロジェクトの進め方や気づき、今後のプロダクトの可能性を伺いました。
それぞれの理由で結成した、気心知れたメンバーたち
このプロジェクトを主導する中村。彼女がなぜ社外のメンバーである2人とこのプロジェクトを始めようと思ったのでしょうか。また、ナリタさんと田川さんが参加した理由を伺いました。
中村:以前、社内で環境問題を学ぶために開催された、アスエネの勉強会がきっかけです。そこでプラスチックごみの話を聞いたときに、「木や革のように経年変化を楽しめるプラスチック製品があったら面白いなあ」とふと思いついて、プロダクトに詳しい友人のナリタくんと田川くんに声をかけました。全員が大学時代の同級生なので、気心も知れていてアイデアを共有しやすいと思ったんです。
ナリタ:僕は普段、所属している会社では「プロトタイピングエンジニア」という肩書きで仕事をしていて、3Dプリンターを始めとする「デジタルファブリケーション技術」と、電子回路や機構設計などの「ハードウェアのエンジニアリング」の2つを主軸とした“ものづくり”をしています。普段は、ハードウェアのプロトタイピング(試作)を行い、企業のお手伝いをすることが多いです。
仕事柄、3Dプリンターを使用することが多いのですが、プロトタイピングは最終製品ではないので、結局は絶対にごみになってしまうんですよ。やりがいを感じていた一方でもどかしさも感じていた時のモコ(中村)からの連絡だったので、二つ返事で「やる!」と答えた記憶があります。
田川:僕は10年程おもちゃ業界にいます。現在はフリーランスで、おもちゃ作りの技術を使いプロダクト製品を作る仕事もしています。おもちゃは趣向品かつ生活必需品ではないので、売れないもの=ごみを生み出さず建設的なものづくりができるのではと考え、おもちゃ業界を志しました。
でも、蓋を開けたらおもちゃも“生産品”。子供の年齢層に合っていれば、毎年同じおもちゃを販売し使い回しても良いはず。なのに、ほとんどの製品は毎年入れ替わり捨てられていく状況です。作っている身からすると、使われた後のおもちゃの行き先まで考えなければいけないと感じていた時に、モコから話をもらって。このプロジェクトで自分の考えと答え合わせができそうだと思いジョインしました。
素材と人との関係性に可能性を見出し、愛着を持てるプラスチックを作りたい
捨てられたプラスチックがきちんと処理されないことでプラスチックごみとなり、海の生態系にも影響を与えていると言われる昨今。そのプラスチックを失くすのではなく、共存しながら活用する理由を中村は語ります。
中村:プラスチックは素材として使われる頻度が多いですよね。でも、まるで“悪”かのように捉えられ、他の素材に比べて愛着を持てず捨てられてしまうことが多い素材でもあります。プラスチックとその周りの人との関係性に可能性を見出したいと思いました。
最初は、身近な「シャンプーボトル」に着目して、ボトルのリデザインや新しい洗髪体験のアイデア出しを行い進めていたのですが、用途を限定してしまうことに行き詰まりや矛盾を感じてしまって。原点に立ち返るためのディスカッションで、メンバーに共通する興味や関心という個々人の日常生活にフォーカスしていったことで、「使い続けたくなる、愛着を持てるプラスチックのプロダクトを作りたい」と固まってきたんです。プラスチックは短い時間軸で消費されてしまうけれど、「生活という長い時間軸で大事にしたいものが、自分たちの好きなモノでは?」という問いが生まれて。そういうモノが“愛着”に繋がるのではないかと。
当初のアイデアの「経年変化」も模索していきつつ、現在はメンバー全員が共通して愛着を持てる「おもちゃ」をキーワードに進めています。
ナリタ:例えば、生活の中で廃棄されるプラスチックごみをリサイクルし、それを使って生活空間に溶け込むようなプロダクトを作るとします。そして、それを目にすることで、ふと環境のことを考える「きっかけ」を創出する。端的に言うと、それが現在のコンセプトです。
ただ、コンセプト自体は手を動かしながら“変化していくもの”だと思っています。常にアップデートし続けることを念頭に置いて進めているのが、このプロジェクトの特徴です。
プロトタイピングでアップデートし続けるコンセプト
今回プロジェクトを進める上で、ナリタさんのプロトタイピングの考えが大いに活かされたと言います。プロトタイピングを用いて、どんな進め方をしたのでしょうか。
ナリタ:第一に、想いを共有することでこのチームは成り立っているので、最初はみんなが何に興味があるのかを文字ベースでまとめました。
次のステップでは、スケッチを書いたりストーリーを考えたりするような、いわゆる机上のアイデアからもう少し深堀りするために、僕たちはいきなり実際に手を動かしてモノを作るプロトタイピングを行いました。これは普段僕が実践していることのひとつです。今回、リサイクルされた“モノの強さ”を確認するために、廃プラスチック(3Dプリンターで出たプラスチックごみ)を使い、樹脂ブロックのオブジェを作りました。これで作業コストが明確になり、アイデアの解像度も一気に上がるんですね。細かなビジュアル上の発見もあります。
その後、もう一度ディスカッションを行いプロジェクトの意義に立ち返りました。“具体”の次は“抽象”へと振り子のように行き来し、作って絞ってを繰り返して的を明確にしていきます。このような経緯があって、このプロジェクトはコンセプトをアップデートし続けているんです。
中村:実際にプロトタイプを見ると、「こんなものができるんだ」とわかるだけでなく、私たちのモチベーションも上がるんですよね(笑)。ここって大事じゃないですか?プロトタイピングの必要性を体感しましたね。
ナリタ:プロトタイプができると自分ごと化がしやすい一方で、作ったという満足度でプロジェクトが終了してしまう可能性もあります。だからこそ、「この速度で作れるんだったらまだアップデートできる」や「違う側面からアプローチできる」と思えるくらいの、作り込まないライトな状態で仕上げることも大切です。
自分たちの「楽しい」を起点にしたら、血が通い始めたプロジェクト
何度もディスカッションとプロトタイピングを繰り返すことで絞り込まれていった方向性。進めていく中で全員が共通して印象に残る瞬間があったと語ります。
ナリタ:自分たちは、海洋汚染の問題に直接関わる事業者でも、海と関わりの深い船乗りやダイバーのようなセグメントの人間でもありません。なので、環境問題という風呂敷の広いテーマに対して、縁遠い立場にある僕たちが作るものがきちんと刺さるか不安は常にありました。そんなある時、個人に紐づくストーリーを主軸に切り替えたことで前向きな方向に転がっていったんです。
田川:ナリタくんが言ったように、「自分たちベースで良いじゃん!」ってなった瞬間、プロジェクトに血が通い始めた気がします。みんなが好きなものや共通項の話をして「そういえば、みんなキャンプやアウトドアが好きじゃん」とか「みんな子供と接することが多いよね」とか。最初は「誰かのために」を考えすぎていたんだろうなと。
中村:他人事だと決め所が難しかったんだよね。自分たちの“楽しい”を軸にすると合意も早くて。FICCでは “CROSS THINK”と言っていますが、「実際に体現するとどういうことなんだろう?」をこのプロジェクトで自分のなかに落とし込めた実感があります。自分たちの興味に寄せていくことで本質の課題が見えてきたり、想いと向き合い答え合わせをしているような感覚でした。
ナリタ:特に、普段仕事を一緒にやらないメンバーが行うプロジェクトのマネジメントにおいては、個人の視点に根ざしたチームビルディングが凄く重要な役割を持ってると思っています。
お互いの能力にリスペクトを持って接したり、くだらないアイデアを許容・肯定する事でアイデアの数も引き出せます。細かい所ではslackのスタンプ一つでモチベーションを上げてくれたり、モコはポジティブな空気を作り出すのがとても上手いなと。
こういう共創を楽しむ場作りのスキルのおかげで、「決めきらない」を大切にしながら、アップデートをし続けるコアな方向性が見つかったんだと思います。僕らが「楽しい!」と思えるからモチベーションが上がり、アイデアが広がる。このサイクルがすごくポジティブに回転していました。
田川:明確に役割が分かれているわけではないのですが、モコが全体のプロジェクトの方針を決め「あっちへ行こう」と旗振りをして、ナリタくんはプロセスを体系化し道を作ってくれて、僕がアドバイスをしてみんなを後押しする。絶妙なバランスで成り立っているチームだと思います。
ささやかな行為で小さな共感に繋がるプロダクトを作りたい
3人の視点が交差することで見えてきた新しいプロダクトの形。現在までの活動を振り返り、それぞれ気づきと今後の展望を聞きました。
ナリタ:このプロジェクトでは「正義を語る」ことをやっていないし、どちらかというと避けている部分があります。環境問題はさまざまな視点から語らなければ、正しい答えが見つかるようなものではないと思うんですね。僕たちがそうであるように自分ごと化が難しいと思っていて。
環境問題に対して対岸の火事のような意識の人も、あくまで楽しみながら少しだけ環境のことを考えるような“小さな変化”を起こす、「カーム(穏やかな)プロダクト」を作りたいと思っているんです。そんな小さなものの集合によって世の中が良くなるコンセプトってあんまりないんですよね。ビジネスでは正義を語ってくれた方が納得しやすいじゃないですか?
でもそうじゃなくて、何かしなくてはという強迫観念を持たずにただそれを少し使うだけ。その「ささやかな行為」そのもので、いつの間にか世の中が少しよくなっていたら良いなと。ただ、それって投資しにくいんですよね。環境が改善するかは分からないし資金回収できるかもわからない……でも、それこそがリアルだと思います。自分の生活を脅かさず、強い言葉を吐かないプロダクト、今後はそんなものが出てくる可能性がきっとあると思うんです。例えば、プロダクトをふと目にすることで「今日ペットボトルは買わずにいくか」みたいな。それくらいでいいんじゃないかな。
田川:今は大きな力に動かされる中央集権型の世の中と言われていますが、今後は個々が力を持ち発信をしていくんじゃないかなと思っています。そういう意味で、大義名分がなくても「自分たちでモノを作って良いんだ!」という世の中がきて欲しいと思うし、すでに来てるんじゃないでしょうか?
僕はブロックチェーンの技術を使ったゲームを作っているんですけど、この世界では銀行がなくても、それぞれ個々が集合体となって銀行と同機能を持ったものをつくれるんですよ。今回のプロジェクトも一緒で、大きな企業の中でモノを作るのではなくて、個人が集まり、持っている能力を活かしモノを作っていく。それをこのプロジェクトでは体現していたんです。
中村:自分の想いを伝えて、その共感から価値を創り出していく面白さをこのプロジェクトで知りました。今後は共感してくれる人を巻き込んで、経年変化するプラスチックを開発できるパートナーと巡り会いたいと思っているんです。共感してくれる人が加わることで、新たな展開があるんじゃないかなと。どんどん想いを伝えて、このプロジェクトをより面白い方向に動かせたらと思います。
3人が見出した問いと答え。それはコンセプトと同様に形を変えながらアップデートされていくのでしょう。FICCが目指すのは、人の想いが新たな価値を生み出す未来。このプロジェクトのような“ささやかな活動”を少しづつ積み重ねていきたいと思います。
執筆:深澤枝里子(FICC) / 撮影:後藤真一郎
●中村萌子(写真中央)
2015年にFICCに入社。現在はコーポレートチームの人事を担当。プライベートでは2児の母。最近頑張っているのは、一日の中で本を一行でも読むこと。
Like:ヨガ、瞑想、インテリア、キャンプ、旅行
●ナリタタツヤさん(写真右)
プロトタイピングエンジニア。創作家。Takram所属。エレクトロニクスやデジタルファブリケーション技術を用いてハードウェアの開発・プロトタイピングを行う。
Like:ものづくり、キャンプ、カメラ、別荘開拓
●田川貴之さん(写真左)
フリーランスで、おもちゃの企画開発を手がける。また、スタートアップ企業の立ち上げ支援や飲食店のデザインマーケティングやブランディングなども行う。現在は地元埼玉を拠点に、玩具ブランド「所沢玩具」を展開。主催したファミリー向けイベントでは4,000人を動員。
Like:ものづくり、キャンプ 、サウナ、別荘清掃、NFT