よい対話ってなんだろう?
この一年、私が向き合い続けた問いです。
FICCには「クロスシンク」と呼ばれる対話文化があり、それぞれの視点を持ち寄ることで、誰かの発言に気付かされたり新しいアイデアを発見したりすることを指しています。特に大切とされていることは、各メンバーの興味・関心ごとから事前準備をする点です。
ところが、いつからか私は仕事や子育てなど忙しい毎日に追われ、自分が好きだった音楽・映画に熱中する時間がなかなか持てなくなりました。母になり、プライベートでは子どもを優先することが多くなって、自分を失う感覚に陥ってしまったのです。一方で、仕事では「あなたの興味・関心は?」と意見を求められることが多くなりました。やるべきことに追われる日々の中で、立ち止まり、自分について考えるきっかけとなったのは、「クロスシンク」でした。「〜すべき」をやめて「〜したい」と思えることに耳を傾けて自分と向き合った結果、どんな変化があったのでしょうか?
「クロスシンク」を紐解きながら振り返りたいと思います。
あらゆるテーマを自分の視点から考える、クロスシンクに取り組むことによって起きた変化
クロスシンクの取り組みが始まった2020年4月頃、対話をすることにどんな意味があるのだろうと私は違和感を持っていました。気になったらすぐに検索し、答えに辿り着くことが習慣になっている私にとって、「答えのない問い」に向き合うことはとても難しいことでした。自分の発言に自信を持てず、「こんなことを言ってもいいんだろうか」と思いながら参加していました。
転機が訪れたのは、「コンテクスト(文脈)」について対話をしていた時でした。自分の過去の体験談や子育てについて、今感じることをありのままの言葉で話したところ、他のメンバーも同じように自分のことを話してくれました。純粋にその場が楽しくて、話はどんどん加速していきました。その時、対話に必要なものは「正しさ」や「白黒はっきりさせること」ではなく、「自分の意思」がそこにあるかだと気づきました。
続けるうちに、私に起きた変化は次の3つでした。
「いろんな考え方があることを受け入れる」「『白』か『黒』ではなく『グレー』があってもいい」「あらゆるテーマを自分の視点から考える」
特に最後の変化は一番大きいと感じています。なぜなら、ある取り組みによって失っていた「自分」を取り戻し、新たな発見があったからです。
メンバーが思案したクロスシンクの歴史
そもそもクロスシンクがどのようにして始まったのか、歴史を振り返ってみたいと思います。今からさかのぼること、5年。FICCが大切にしている「リベラルアーツ」の考えから、スタートしています。
2017年
Web制作からマーケティング領域へと事業を広げると同時に、「共に学び続ける情熱を、まだ見ぬ未来の価値へ」を掲げ、社内文化としてリベラルアーツの考えを取り入れました。さらに、メンバーひとりひとりの「興味」を「学び」に繋げ、「ビジネス」を生み出すことを追求し始めました。
2018年
リベラルアーツを推進するために、メンバーが思案し、初めてクロスシンクワークショップを開催。テーマに沿った分野の専門家やプロを招いて、さまざまな知見を深め、新しい価値に変える学びを体験できる参加型のイベントでした。
2019年
リベラルアーツの考えから新しい価値を生み出す組織であるために、本当の意味での「多様性」を追求し始めました。何が正しいかではなく、一人ひとりが何をどのように探求するのかを大切にするために、興味・関心ごとなど「心がときめくこと」の意味で使用する社内用語「Sparkjoy」が生まれました。
2020年
毎月全メンバーが参加する定例会にて、社会のあらゆる問題をテーマに一人ひとりの視点や専門性を掛け合わせて対話するワークショップを開始。ビジネスにクロスシンクを取り入れ、メンバーのSparkjoyから「祭エンジン」「COLOR Again」など、新しい価値に繋がる取り組みが生まれました。
2021年
2020年に発起した共創プロジェクトの輪がさらに広がり、新しい繋がりが生まれ、プロジェクトが目指す世界そのものが広がりを見せています。さらに、FICCメンバーや社外の人たちのSparkjoyを掛け合わせることにより、「教育」や「環境問題」などをテーマとした新たな共創プロジェクトが生まれはじめています。
なぜ、対話の事前準備として「自分の理解」が必要なのか?
私が、自分の視点が重要だと気づいた背景に、「スキルアップジム」という社内の取り組みがあります。「スキルアップジム」とは、一つのテーマについてそれぞれの興味・関心の視点で調べ、学び、発表をする、スキル向上を目指したトレーニングのことです。一部のチームで任意で行われていたこの取り組みに、私は参加することになりました。
取り組み内容は以下の通りです。
- チーム全員で気になることや調べてみたいことを単語で書き出し、その中から毎月一つテーマを決定する
- それぞれのSparkjoyを起点とし、テーマについて調べる、学ぶ、事前準備をする
- 定例ミーティングにて、プレゼンテーションの発表をする
- プレゼンテーション中、聞く側も内容を聞いて学び、気づきをmiroにメモする
- プレゼンテーション終了後、チーム全員で対話する
ここではメンバーたちが、「サウナ」「禅」「未来」「におい」「DNVB」「ポケモン」など、さまざまなテーマに取り組みました。抽象的なものもあれば、キャラクターなどイメージしやすいものもあります。テーマをどの切り口で調べるかは、自分次第です。
はじめは、何を調べていいのかさっぱり分からない状態でした。しかし、やると決めたからには、自分の興味・関心について手探りで拾い集め、「サウナ×コミュニティ」「キャラクター×保育・教育」というように、自分が気になることをテーマと掛け合わせて考えてみることにしました。すると、続けるうちに自分の興味に共通点が見えてきました。私が気になっていたことは「育むこと」。子育てはもちろん、生活を豊かにするために集うことや人間関係などじっくり育てたいという気持ちに気づいたのです。取り組みを通じて、私は音楽・映画が大好きだった自分を取り戻すだけでなく、今の自分を知ることができました。その気づきは、自分を見失っていた私にとって、大きく前に進む第一歩でした。
さらに、自分の発表した内容に対してみんなで「こうだろうか」「ああなんじゃないか」と話すうちに、新しい問いが生まれたり、仮説が広がっていきました。自分への理解を深めると、他の人との違いに気づきやすくなります。その違いから新たな気づきを得たり、さらに考えを深めていくことができるのです。すると、対話もより面白いほどにスピードをあげて進んでいきます。そのプロセスこそが対話の面白さだと私は感じるようになりました。
さまざまなジャンルを掛け合わせることで、最高傑作をつくること
クロスシンクを例えるなら、「料理」だと思います。一人だったら家庭料理だったところを、みんなと作れば異なる素材やスパイスが加えられたオリジナル料理になります。さまざまなジャンルを掛け合わせることで、今までにない新しいものが生まれることでしょう。味を追求する人もいれば、見た目にこだわる人もいます。追求しようと思えばどこまでも追求できるし、毎日コツコツ続けないと上手くならないもの。そして、何を作りたいのか食べたいのか、答えは自分の中にあるのです。その答えを誰かの答えと混ぜ合わせてつくること。黒か白か、善か悪かではなく、お互いを生かし自分が最大限に生かせる方法は何か、それを模索することで新しいアイデアや目の前の解決策が見えてきます。
よい対話とは、自分と相手を理解し、違いを認め、そこから得た気づきを深めながら一緒に最高傑作をつくることです。出来上がった結果だけでなく、そのプロセスをどう面白がるかが大切だと私は思います。最近の私は、少しずつ自分を取り戻しつつあります。しかし時が経てば、また変化するかもしれません。新しい自分はまだまだ自分の中に眠っているのでしょう。これからもさまざまなジャンルの人と対話し、まだ見ぬ自分に問いかけ、どう変化していくか楽しみです。
執筆:黒田洋味(FICC) / 撮影:三野伸吾