2023年1月1日、ライオン商事はライオンペットへと社名変更しました。社名変更の発表と同時に開かれたのは、FICCとともに推進するプロジェクトのひとつ「犬の歯みがき習慣化プロジェクト」のPRイベントです。ペットの歯みがき実施率100%を目指して、“失敗しながら、家族しよう”というメッセージを掲げるその想いとは? また、プロジェクトを立ち上げるに至るまでの課題とは?ライオンペット事業推進部の浅沼威行さん、FICC メディア・プロモーション事業部コミュニケーションプランナーの田崎聖子と同事業部プロデューサーを務める末川瑞歩の3名に語ってもらいました。
ペットの歯みがき習慣に対する意識を変える
──ライオン株式会社グループの一企業として1941年に設立された「ライオン商事」ですが、2023年1月に社名が「ライオンペット」へ変更になりました。社名変更に至った背景をお聞きしたいです。
浅沼:もともとは幅広い事業を展開していたのですが、2014年からはペット専用の商品のみを扱うようになりました。そこで、ペットに関連した会社であることを生活者にわかりやすく伝えたい。また、ペットのオーナー様に愛される会社でありたい、という想いが強かったことが大きな理由ですね。
──主にどのような商品を扱っているのでしょうか。
浅沼:「ペット第一主義」をモットーに商品開発をしていて、歯みがき剤をはじめとするオーラルケアや、ボディケア、トイレタリー、空間ケアなど、幅広く取り扱っています。
──浅沼さんは、ライオンペットでどんなお仕事をされているか教えてください。
浅沼:もともとは研究員としてライオン本社に入社しました。人事担当を経て、マーケティングにずっと関わっています。
──FICCの田崎さんと末川さんはどのように関わられているのですか?
田崎:私と末川はマーケティングプロモーションのチームに入っていて、私は、ライオンペットさんのブランドをワンちゃんネコちゃんの商品も含め、横断して見させていただいています。他のブランドでお話したことや経緯を踏まえて俯瞰した視点で、ブランド「PETKISS(ペットキッス)」の担当である末川と連携しながらプロジェクトを進めています。
末川:私は、今回、田崎をはじめ、ディレクター、デザイナーなど他のメンバーと連携しながら、PETKISSのプロモーションの企画などのプロジェクトリーダーを担当させていただきました。
──社名変更を発表した際にはFICCが支援した「犬の歯みがき習慣化プロジェクト」についてのPRイベントも同時に行われました。このプロジェクトは、1999年に誕生した「PETKISS」と深く関わっているそうですね。
浅沼:PETKISSは、ペットの歯みがき実施率100%を目指して、ワンちゃんとネコちゃん、そして飼い主のためにつくられたブランドです。今回、なぜ歯みがきプロジェクトが立ち上がったのかというと、親会社のライオンがもともと人の歯みがきの習慣化に力を入れていたことがあるんですね。
──生活者にとっても、歯みがきに関連するライオンの商品はドラッグストアやスーパーなどでも必ず見かけますし、幅広い層の愛用者がいますよね。
浅沼:ええ。実は、ライオンは100年ほど前からオーラルケアの啓発活動を続けているんですよ。というのも、当時は歯みがきの習慣が浸透していなかったんです。
──そのようにライオンが行ってきた“歯みがきの習慣化”を、ライオンペットさんではワンちゃんやネコちゃんにもより広めていこう、ということですね。
浅沼:そうですね。ライオンペットでは“いつも清潔に、ずっと健康に、そして快適に。よりよい生活環境と習慣づくりで、ペットと人が求める幸せな毎日に貢献する。”をミッションとしています。生活習慣という提案の中にはシャンプーやボディケアなども含まれていますが、今回FICCさんとご一緒したなかのひとつが、「犬の歯みがき習慣化プロジェクト」ということになります。
コミュニケーションの課題と、パーセプションフロー・モデルの組み立て
──ライオンペット社内の課題としてどんなことがあったのでしょうか?
浅沼:会社自体をもう一段ステップアップしなければならないと考えたとき、生活習慣を提案するのであれば、まず社内のマーケティング戦略を見直す必要がある、と。
──そこで、FICCにマーケティング戦略についての相談を、というお話になったのですね。
浅沼:マーケティングにおいては、生活者の意識をどう変えるのかということが要になってくるので、そういった変化を起こすことを手伝っていただける会社を探していました。もともとFICCさんは、人の意識に基づいたマーケティングをしているところがいいなと思っていたので、社内で提案したところすぐにやってみよう、という話に。
田崎:ライオンペットさんの各ブランドごとのパーセプションフロー®・モデルをつくることが、取り組みのきっかけになりました。
浅沼:以前から弊社内でつくりたいという話題も上がっていて、自分達で書けるようになりたいと考えていて。FICCさんに提案してもらいながら、一緒につくっていきました。これは弊社にとって大きな財産になったと思っています。
田崎:随時、壁打ちをしながら一緒にマーケティングのプランを組み立てていきました。ライオンペットさんには商品がたくさんありますし、オーラルケアの中でどの商品を売っていくのか、シャンプーの中ではどの商品を売っていくのか、最もROIが高いターゲットは誰なのか……とさまざまに話し合いを重ねながら、パーセプションフローを組み立てていきました。
──組み立てはスムーズに進みましたか?
浅沼:いえ、全然そんなことはなくて(笑)。丸1年はかかっています。うちの部署全員に「マーケティングとは」という話をしていただくことから始まって、その中でパーセプションフロー・モデルという手法がどんな考え方であるのか共有できたことが、大きな意識改革になったと思います。
ただ、社員約30名が出席したのですが、理解には個人差がありますし、提案をしてもらうとどうしても受け身になりがちですよね。いかに“自分の仕事”だと意識できるようにするのか。
そこに意外と時間がかかったという実感があります。懇切丁寧に提案してもらえるのでそのまま実行できてしまうのですが、そうすると自分達の想いや、なんのためにやっているのかということが腹落ちしないままに進んでいってしまいます。ですから、FICCさんから提案をもらって、我々のほうで考えるということを何度も繰り返しました。
プロモーション施策「犬の歯みがき習慣化プロジェクト」が始動
──作成したパーセプションフロー・モデルをもとに、プロモーション施策「犬の歯みがき習慣化プロジェクト」がスタートするというわけですね。どのくらいのペースでFICCとの話し合いが行われたのでしょうか。
浅沼:昨年1年間は、週1回ほどミーティングを続けました。
田崎:プロセスを含めると2年ほどご一緒させていただいていますね。ライオンペットさんの課題感をうかがってプランを設計しましたが、社内の意識やコミュニケーション改革という側面も大いにあったので、こちら側で全てをつくり切ってしまうのではなく、併走することをとても大切にしました。
──プロジェクトでは調査にも力を入れたそうですね。全国のワンちゃん飼育者1600人にアンケートを実施したとのことですが、回答から初めてわかったことも多かったのでしょうか。
浅沼:ええ、わからないことの方が多かったので、回答を見て「なるほど」と思わせてもらう部分が非常に大きかったですね。また、当たり前のことではありますが、いろいろなオーナーの方がいるなと改めて感じました。ワンちゃんが嫌がっているなど様々な理由が挙がってきましたが、オーナーさんの深層心理としては、やはり「めんどくさい」と思っている面が大きいことにも気づきました。
一方で、歯みがきをやりたいけどやれないというもどかしさがあるのを感じ、「この方々は救えるぞ」という実感も得ました。オーナーさんの意識の深掘りができたのは良かったですね。
末川:「歯みがきができない理由は何か」を聞くと、一番多かったのは、ワンちゃんが嫌がるという答えでした。ワンちゃんがこういう理由でできない、と。犬が主語になっていることが多いなと感じました。
──末川さんのお父様はドッグトレーナーということで、今回のプロジェクトではアドバイスをもらったりもしたのでしょうか?
末川:専門学校でドッグトレーナーを育てる先生をしていて、ワンちゃんが大好きな父親なんです(笑)。実際、父に教えてもらったことが今回のプロモーションに大きく役立ちました。犬の歯みがき習慣化プロジェクトのWebサイトでは、「できない理由別 飼い主診断」というコンテンツを制作したのですが、そこにすごく活かされています。
恐怖訴求ではなく、一緒に楽しむ提案を
──「できない理由別 飼い主診断」は、やりたくない理由や失敗した理由に当てはまる項目を選択すると、歯みがきのヒントを見ることができるという内容になっています。実際に診断をやってみましたが、楽しみながらできるのがいいですね。
末川:普段、周囲に父親がドッグトレーナーだと話すと、多くの飼い主さんから「うちのワンちゃんをしつけてほしい」という声をよく聞きます。でも本当は、変わらなければならないのは飼い主さんの意識なんですよね。先ほどの調査結果で「犬が主語になっている」と言いましたが、そうではなく、飼い主さん自身の意識に目を向けてもらいたいと思っています。
田崎:人間の赤ちゃんだとトイレトレーニングなんかをやりますよね。それって、面倒だからといってやらないわけにはいかないじゃないですか。ペットも家族の一員として人と同様に愛情をかけて責任を持って育てていくためには、飼い主の意識を変えていかないといけないということをすごく話し合いました。でも恐怖訴求ではダメなので、一歩背中を押すようなことができないかとディスカッションして仕上げていった感じですね。
浅沼:お母さんが子どもの仕上げみがきに手こずることもあると思います。以前ライオン本社でクリニカキッズを担当した際に、歯みがきの時間を親子のスキンシップの時間と考えると楽しくできるということがわかったので、ペットに対してもそのように意識変化ができるといいなと思っています。ワンちゃんは賢いので、嫌だと思ったらやらない。最初はおやつを与えながら、歯みがきは楽しいことなんだ、褒められるんだ、ということを覚えさせながら。飼い主さんが喜んでいれば、ワンちゃんも喜ぶはずです。
失敗しながら、家族しよう。PRイベントで得たこと
──今回のプロジェクトで、世の中の関心事から施策に活かしたことはありますか?
末川:プロモーションのコンセプトは “失敗しながら、家族しよう”です。最近は室内でワンちゃんを飼うことが多くなり、昔とはコミュニケーションの在り方がすごく変化したと思います。そのように関係性が変化する中で、ではワンちゃんにとっての幸せとはどんなことだろう、と考えました。もちろん科学的な根拠も大事ですが、それだけでは飼い主に響かないのではないかな、とも。
どちらかというと自分の中でピンときていたのは、『ハチ公物語』や『南極物語』など。映画の話ではありますが、犬と人の絆が描かれるストーリーを通じて、人がワンちゃんの幸せを理解すると思っていたんです。そのようなストーリーをPETKISSの商品を通して描くことができたらいいなと考えました。
浅沼:1月の社名変更発表時に、PRイベントも開催させていただきましたが、最初はイベントをやる話は出ていなかったんですよね。ところが昨年の6月くらいに、社名変更をプレス向けに発表するタイミングで、PRイベントもやってほしいという話が社内で上がりました。
そこで、FICCさんと進めているPETKISSの歯みがき習慣化プロジェクトは、ライオンペットのパーパスにぴったりだなと気づいたんです。これは絶好のチャンス、社名変更のタイミングで世の中に対してどうアクションができるのかを発信しよう、と。
──イベントではどんな反応がありましたか?
浅沼:コロナ禍でのリアルイベントということもあり、当初は人が集まるのかという不安もあったのですが、予想を上回るプレス関係の方々に集まっていただきました。ペット専門誌の方からも企業特集のお話をいただくなどの反響もあって、ありがたい限りです。
末川:普段、ブランドがこうだからこうあるべき、こうアクションするべきという提案をさせていただくことが多いのですが、実行するのはやはりクライアントさんなので見届けるところまでできないこともあります。
でも今回は、ライオンペットさんに尽力いただいて、PRという形の発信の場を実際に見ることができたのはすごく嬉しいですね。雑誌の取材に関しても、企業の発信とアクションが実際に結びついた形だと思うので、すごく感慨深いです。
浅沼:本当に。生活習慣の意識を変えるというのは、メディアに取り上げていただかないとなかなか変わらないと思うので、反応があったのはありがたいですね。
──最後に、今後の展望を教えてください。
田崎:クリエイティブディレクターの佐藤可士和さんがおっしゃっていたことなんですが、ブランディング(Branding)って「ing(進行形)」じゃないですか。いわゆる広告代理店が手がけるブランディング施策は、ロゴをつくったりステートメントを書いたり、ということだと捉えられることが多いと思うのですが、そういったものをつくってからが本当の「ing」の始まりだ、と。むしろそれをどう浸透させるかが大事で、そこは広告代理店ができないところでもあるので、どう併走していくのかが重要だ、と。これは私も大事にしたいと思っています。
また、態度変容について、PETKISSでいうと「歯みがき、めんどくさいな」と思っている飼い主さんにどう行動を起こしてもらうのか、一歩を後押しすることを考えています。ロジックが合っていれば達成できるかというと実際はそうではなく、どこか心が動かされるような、琴線に触れるところが必要だと思うんですね。だから常に「自分だったらやりたいと思うな」と、自分ごととして考えることを突き詰めていきたいです。
末川:プロジェクトリーダーとして関わらせてもらう中で、リーダーの役割とはなんだろうと、いつも問うようにしています。未来を見据えて、クライアントさんのパーパスやビジョンを理解した上で、戦略を練っていくことが大事。ライオンペットさんとも今後もご一緒するプロジェクトが進行していますが、目標を達成した後にはどんなことが考えられるかなと、勝手にではありますが、少し先の将来のことにも想像を膨らませながら関わっていきたいです。
浅沼:パーセプションフロー・モデルについては、担当者レベルではかなり理解を深めたと思うのですが、これからの課題として、全営業所でも共通で理解できるようにしていきたいと思っています。なぜやるのかをわかるということ。それはパーセプションフロー・モデルを導入した意図でもあるので、「あ、今ここをやっているんだ」ときちんと共有ができると思います。大変ですが楽しみでもあります。FICCさんには、本当にずっと併走していただけたら嬉しいですね。いつも、1歩、2歩先を考えてくださっているので、とても心強いです。
執筆:中村志保 / 撮影:後藤真一郎