FICCの社内で哲学対話を実験的に行っているメンバーの遊田 開(ゆうだ かい)が、東京大学大学院で行われた「国際哲学研究センター(UTCP)シンポジウム」にて、ゲスト登壇。
昨今、企業に取り入れられはじめている「哲学対話が拓く組織と事業」をテーマに、参加者それぞれの立場からディスカッション。大手・中小企業での、組織内での哲学対話の取り組みについて話しました。
共生のための国際哲学研究センター(UTCP)は、東京大学大学院に附属する哲学の国際的な共同作業のための研究センター。グローバル時代に対応する哲学・思想の国際的ネットワークを形成し、研究を推進している。
ビジネスになぜ哲学が必要なのか?
数年前から、米グーグルや米アップルなどで「企業内哲学者」が雇用されていることが、世界的に話題になっています。日本でも、社内のさまざまな問題と向きあったり、会社のミッション・ビジョンを創るなどで哲学対話を取り入れることも増えました。今や哲学的な思考が必要とされている時代、とも言えるのかもしれません。
そもそも、「哲学対話」とはなんでしょうか?
学校教育やビジネスの現場で哲学対話の講師を務めるUTCPの堀越さんは、「自由になんでも話していい場」のことだと言います。意見を戦わせるのではなく、フラットに対話をすることで、深く考える力を養うことができるのも哲学対話の特徴です。
企業の哲学対話の具体的な導入例
社員1万人以上の大企業であるNECソリューションイノベータ株式会社。その新規事業開発に挑戦する社員を支援する立場の松本さんは、社内で哲学対話を取り入れた際の知見を伝えました。ビジネス課題に対して、社員がノウハウを学ぶだけではなく、自分の言葉で語れることを目的に実施。社内で数回に分けて、社内用語の認識についても対話を重ねていったそう。印象的だったのは、哲学対話後の参加社員の大きな変化です。若い社員から「そもそも、それはなぜか」というように、さらなる問いを重ねた意見が出るようになったと言います。
対して社員数が50人程のFICCは、どんな哲学対話を行っているのでしょうか。メンバーの遊田は「人として好きとは?」「飽きるってなに?」などをテーマに、社内で定期的に開催しています。ビジネス視点で対話を行う「クロスシンク」という取り組みとはあえて趣旨を変えて、普遍的なテーマを選んでいるのだと。「人との関係性」を作っていくことが一番重要だから、と遊田は語ります。さまざまな肩書きの人が集まっている会社では、なかなか普遍的なテーマを話す機会がありません。そもそも普遍的な故にオチがなかったり、人によっては話し辛さを感じてしまう可能性もある。だからこそ、普段話さないようなテーマを設けているのだと。
「打ち合わせのようなビジネスの議論とは違い、平等な関係性で意見を交換できる哲学対話は、「究極のアイスブレイク」のようなもの。雑談とは違って、『問い』として人に投げかけられるのが哲学対話の良いところです。『この人、こんなことを思ってたんだ』と知ってる人の知らない側面を知ることで、親密になった体験として蓄積されていき、より良い関係性が築ける。そうすると、会社をより良くするために、同じ方向を見ることができるんじゃないでしょうか」
哲学対話を取り入れたい企業に向けて
まだまだ、哲学対話を取り入れる世間的なハードルが低いわけではありません。セッションが進むなか、会の参加者から「一緒に取り組む仲間をどうやって探したのか?」という質問が挙がりました。普段話せないことを話してみたい人もいるはず。だから、メンバーの「話したい」という欲求を刺激して声を掛けている、と遊田は言います。なんのために対話をするのか「目的」をきちんと伝えること。そして「楽しんでもらう」ことがなによりも重要です。
そして、考えたことを伝える・伝えられること自体にハードルを感じる人もいるのではないでしょうか。対話のなかで、誰かを意図せず傷つけてしまったり、誰かの言葉に傷ついてしまう恐れもあるからです。UTCPセンター長の梶谷さんが、セッションのなかで発したのは「正しく傷つく」という言葉。まさに、哲学対話は「正しく傷つくことができるもの」だと言えるのかもしれません。
日常、人とコミュニケーションをするなかで、言葉で傷ついて(つけて)しまう。そして、その傷を放置してしまう経験は誰しもが持っていると思います。しかし、日常のコミュニケーションと違って、「問い続けることが許される場」が哲学対話。万が一傷ついてしまったとしても「私はこう思った」と相手に伝えられる場です。そのためにも、ファシリテーターは参加者に対して「哲学対話は特別な場である」ということを、事前にきちんと伝えていかなければなりません。
企業で哲学対話を実践する際には、メンバーや目的に合わせてやり方をアレンジしていく必要があります。また、実施後に、その結果が役に立つかたたないかで判断するのではなく、役に立つよう活用していくことも重要です。哲学対話を行う土壌がある企業は、きっと対話が自然に根付いていく場所になるのかもしれない……そんな希望を持つセッションでした。
遊田からのコメント
今回のセッションを通して、哲学対話の実践だけではなく、効用の例を多く聞くことができて良かったです。学校や企業という、さまざまな関係性の人たちと答えのない哲学的な問いに一緒に向き合う時間は、とても貴重な経験として参加者の方々の記憶に残ると感じています。これから哲学対話を実施してみたいと思っている方は、環境やメンバー、ファシリテーションスキル等のハードルについては考えすぎず、人本来のコミュニケーション手法のひとつとして、遊びのひとつとして、ぜひ試してほしいです。
執筆:深澤枝里子(FICC)