地域の歴史と共に繋ぐ企業が持つ「資源」とは? 未来思考での会社の資源の探し方【ひろしまCamps Meet UPレポート】

(左)株式会社エフアイシーシー 代表取締役 森 啓子、(中央)砂谷株式会社 取締役副社長 久保 宏輔さん、(右)イノベーション・ハブ・ひろしまCamps コミュニティリーダー 小櫻 貴大さん

「イノベーション立県」の実現を目指している広島県が設置したイノベーション・ハブ・ひろしまCamps。ビジネスや地域振興などさまざまな領域に挑戦する方が対話できるコミュニティスペースとして、管理・運営業務を委託された株式会社エル・ティー・エスが、会員の皆さんの挑戦をサポートしています。

このCampsの会員向けに毎月開催される交流会『Camps Meet UP』で、地元企業・サゴタニ牧農の久保宏輔さんとFICC代表の森が、対話型の登壇とワークショップをお届けしました。
広島で保育園の給食にも使われる牛乳を生産し、3代にわたって地元の農業と食を支えるサゴタニ牧農。FICCの『ビジョンラダー®』※の考え方を元に、その想いや活動に触れながら、後継ぎ企業・中小企業における会社の資源の探し方をお話ししました。
Camps Meet UPでは初となるワークショップでは、久保さんのお話に刺激を受けた参加者の皆さんの意見交換が加速。ワークショップ後もCampsの閉館ぎりぎりまで対話が止まりませんでした。

※「ビジョンラダー®」はFICCの登録商標であり、ブランドマーケティングの専門知識によりFICCが開発した、持続的に求められるブランドの姿を導き出すフレームワークです

イノベーション・ハブ・ひろしまCamps
自然と人が集まり、可能性で繋がり合う素敵なコミュニティスペース

理想の未来を市場として創造していく「ビジョンラダー®」

森:FICCはブランドの想いだけでなく、一人ひとりの想いを社会につなげていくお手伝いをしています。主に大企業の支援を続けてきた私たちのブランドマーケティングを、地域の中小企業や後継ぎの企業にも役立てていきたい。技術や商品を超えて価値をどう作り、どう伝えていくかという課題は、大手も中小企業も同じく抱えている課題だと思っています。
久保さんは、これまでそのような悩みや課題はありましたか?

久保:常に感じています。本日ご参加の皆さんから事前にいただいた質問も、共感するものばかりでした。特に独自性に関しては、2016年に東京から帰郷したとき、広島の方に「美味しいけど高いよね」と言われることが多かったんです。「高いけど美味しいよね」ではなかった。いいものに対する価値にギャップがあることを強く感じました。

森:自分たちの価値をどう届けていくか…。久保さんのように、事業継承したタイミングやマクロ環境が変化していく時間軸の中で、これまでのやり方や自分たちの価値を改めて見直すこと、ありますよね。企業のビジョン、ミッション、バリューは、自社の想いを言語化するだけでなく、市場の創造、経営資源となるブランドづくりそのものです。FICCの「ビジョンラダー」は、ブランドマーケティングの考えによって、企業のブランドづくりの力になるフレームワークです。

過去・現在・未来と、時間軸の中で変革してきたことや提供してきた本質的な価値は何なのか。その背景にある想い、未来への想いは何なのか。こうして深堀っていくことで、自分たちのブランドが存在している意義に行きつきます。ブランドの存在意義を自らのブランドの事業を推進する力にしていく。これを私たちは「ブランドの動機」と呼んでいます。そして、ブランドに関わる人たちの想いから価値が創造されていくためにも、共感する方々と一緒に創造していく「市場」として捉えていくことが重要です。
 
そして、最も重要なのが「IDEOLOGY(イデオロギー)」だと考えています。既成概念にとらわれず、自分たちが願う世界に続く新たな概念がブランドを前進させる動機となり、共感されるストーリーとして、経営資源の調達の力になってくれるのです。

“IDEOLOGY(イデオロギー)”
願う世界を阻む、変革していきたい社会課題や業界課題となる「既成概念」とは? 願う世界へと前進させる「新たな概念」とは?

そして、新しい概念を通じて、理想の世界を実現するために大切にすべき行動指針「VALUE(バリュー)」、そして願う世界に貢献する自分たちの商品や技術、独自の資源は何であるのか。大切にしたいバリューと独自資源によって、自分たちが担う「MISSION(ミッション)」を推進し、事業を通じて、社会や顧客に価値を提供していく。
ここまで話したブランドの要素が、過去・現在・未来という時間軸の上で、文脈として繋がりながら語られ、また企業や事業の戦略にも繋がっていることが、未来に続くブランドや組織づくりにおいて欠かせません。

“MISSION(ミッション)”
新たな概念を創造し、願う世界へと貢献していくために「独自資源」と「行動指針」により為し続ける自分たちの「使命」とは?

年間10万人が訪れ、9割がリピーターの牧場が中心に置くものとは?

森:ここからは、久保さんのお話をお伺いしながら、「ビジョンラダー」の考えとともに、サゴタニ牧農さんのブランドの可能性に出会っていきたいと思います。

久保:サゴタニ牧農は、広島市中心部から車で50分ほどの中山間地域で乳牛約100頭を飼育していて、加工品やジェラートを販売するカフェも併設しています。牧場には年間約10万人訪れ、9割がリピーターです。
産直市とシェアキッチンが一緒になった「ニューサゴタニ」も作り、また毎月1回、牧場お散歩ツアーも行っています。ただ飲んでもらうだけでなく、牛乳ができる場所で自然の循環が起こっている現場を見てもらいながら話をする時間を作っています。

満月会というマルシェの音楽ライブは、牛を放牧しているそばで歌声が響いて、自然と人とが一体となる不思議な空間になりました。

森:人も牛ものびのびしていて、本当に豊かですね。こういった、満月会や音楽ライブのような牧場での活動は、サゴタニ牧農の社員の方々はとっては、どんな意味や体験になっていますか?

久保:牧場の方向性を言葉で話してもなかなか社員には共感してもらいにくいのですが、このようなイベントを開くと伝わっていく気がします。時間がかかっても繰り返していくことで「自分も一緒にやりたいな」と思ってくれたらいいですね。

森:こうした活動をする中で、久保さんが一番大切にしていることはなんですか?

久保:この活動を「なぜやるか」ということです。人が「生きていて良かった」と感じることに、牛乳や牧場を通して関わっていきたいという想いを中心に置いています。

イデオロギーに基づく事業継承と変革「自ら作り、自ら売る農業」

森:久保さんは三代目でいらっしゃいますが、サゴタニ牧農さんの歴史の中で、変革してこられた業界や社会の既成概念について出会っていきたいと思います。まずは、創業から現在までの時間軸の中で、お話をお聞かせいただけますか?

久保:サゴタニ牧農は私の祖父が創業しました。家は地主で、ある程度裕福で、祖父は父親から「医者になれ」と言われていましたが、小説家を目指して上京。10年ほど書き続けましたが鳴かず飛ばずのまま、病を患って栄養失調と診断されて。医者からは「牛乳を飲みなさい」と言われましたが当時は高価で、とても飲み続けることはできなくて…。そこで、牛がたくさんいるという八丈島に渡り、酪農家にお世話になりながら牛乳を飲んで徐々に回復したそうです。

祖父は「酪農は芸術だ」と言っていました。大地というキャンバスにたい肥を撒いて牧草を育て、牛を飼って一杯の牛乳という作品を作るのだと。本人は体の回復と同時に、生きる糧を見つけたと話していました。

祖父は、自分で値付けをして誰に届けているのかをはっきりさせることが、農民が自立するための条件だという強い想いを持っていて、その理想のために宅配事業も始めました。祖父から牧場を受け継いだ父は「消費者交流が酪農家の原点だ」と考えて、牧場にジェラート工場を作りました。そして私の代で、今年からいちご狩りも始めました。「酪農を中心に農業全般に関わっていきたい」という私の想いに向けた第一弾として、牛乳にいちばん合ういちごを選びました。

森:農民の自立のために「自らつくり、自ら売る」というこれまでの当たり前を変革したお祖父様の想いこそが事業の動機となって、お父様、そして久保さんの代と継承される中で、新たな事業を立ち上げられ、農業全般を捉えていくことで、牧場での体験や交流に、また新しい広がりが生まれているのですね。久保さんは、海外視察にも行かれたと伺いました。海外視察で気付いたことや、海外から見たサゴタニ牧農さんの事業のあり方への評価などはいかがでしたか?

久保:海外の農業は圧倒的にボリュームが大きいです。農地は日本の40~50倍、作ったものも大きな取引先に卸すという販売が一般的です。私たちのようなBtoCのノウハウはとても少ないので、海外では驚かれます。100万都市である広島市の中心から車で50分という今の立地は恵まれていると気付かされました。

森:卸すのではなく「自らつくり、自ら売る」を実現することができる、今お話いただいた広島の環境は、マーケットとしての広島の意味や可能性にも気付かされるお話ですね。海外視察の目的のひとつに「放牧」へのチャレンジがあったと伺いました。
  
久保:はい。現在、日本の牛の98%が牛舎で飼われていますが、サゴタニ牧農では将来的に全頭放牧できたらと考えています。事例が少ないのでどうやって勉強しようかというとき、国際的な農業奨学金制度「Nuffield International Scholarship」の日本代表に選ばれて、3万ドルの奨学金で世界中を旅する権利を得て、この奨学金に日本人が選ばれたのは私が2人目だそうです。

放牧で酪農をしているイギリスのオーガニックファームでは、コストは高くなるが大手企業が買い取ってくれるという話を聞きました。こういう点に力を入れるという大企業の役割を感じましたね。そして、さまざまなプログラムで視察していると、やはり「持続可能な農業」が世界的な課題だと感じました。特にEUでは、1日当たり牛舎の中に入れて良い時間まで決められていて、守らなければ廃業させられるというとても厳しい法律も定められています。

森:とても厳しく定められているのですね。今の「持続的な農業」における動物の福祉の観点と重ねて、これまでのサゴタニ牧農の歴史や久保さんとお話をしていても感じるのは、久保さんが目指されている放牧には、動物だけでなく “人”の存在も含まれているように感じます。ここに、サゴタニ牧農さんだからこその価値につながる動機、イデオロギー「変革していきたい社会の概念」があるのではないかと。

未来へのイデオロギーから、資源や事業の可能性に出会う

久保:現在進めている「牛の棲む森」は、放牧地に実のなる木を植えて、夏は牛を放牧して、秋には実を収穫して食べられる場所です。最初は父と弟と3人で作っていましたが、子どもたちや地域の方も手伝ってくれています。放牧と言っても、何をするのか、放牧したらどうなるか、伝わりにくいことも多いんですよね。でも一緒にフィールドを歩いて実際に触れながら話すと、やりたいことが伝わって、仲間になってもらえて。外来種のセイタカアワダチソウが茂って荒れていた農地に牛を放したら、すっかり綺麗になりました。人の手で草刈りをすれば大変な労力が必要ですが、牛がいる環境では背の高い草は生きられないんです。そして背の低いイネ科やマメ科の草が増えて、これは牛にとっていい栄養源になります。

森:放牧をただ行うのではなく、地域の方々と一緒に創っていくことの体験自体を大切にされているのですね。サゴタニ牧農さんのサイトでも紹介されている「循環型農業」は、牛のフンを加工した堆肥で土を作り、牧草を育て、また牛の飼料にするという、牛・草・土が回る循環だと思いますが、久保さんが目指されている「放牧による循環型農業」は、循環型農業とはどういった違いがあるのでしょうか?

久保:牛舎で行う循環型農業では人が牧草地を整えますが、放牧による循環型農業は、牛が牧草地を歩いて草を食べフンをして、牛が自ら循環させてくれます。そして牛も、放牧した方が長生きするといわれています。

森:久保さんが目指している放牧は、動物だけでなく “人”の存在も含まれているのでは…と感じるからこそ、質問させていただきたいのですが、牛によって循環する「放牧による循環型農業」に、“人”の存在はどのように関わりを持っていくのでしょうか?

久保:現在の雪印メグミルクをつくった“日本酪農の父”黒澤酉蔵さんによる「健土健民のピラミッド」では、健康な土・草・牛・牛乳や牛肉が、健康な人をつくると考えます。私たちにも、この考えがベースにあるのですが、牛は食べた草で、そして、人は飲んだ牛乳や食べた牛肉でできていると考えると、私たちと土壌の違いって実はあまりなくて…。このつながっているという感覚こそが「食べること」の本質で、これを感じる場所づくりとしても「放牧」がいいんじゃないかなと思っています。牧場に来て触って・見て・嗅いで・感じて・共有する体験の中で、「いろいろあるけど、生きていてよかった」と思ってもらえることに貢献したい。そのために続けていきたいと思っています。

森:久保さんのお話からは、「食べること」の本質の中で大切にされている、「身体感覚をもった体験の共有」や、続けていかれたい理由こそに、事業としての価値につながる大事なポイントがあるのではないかと感じます。それは、誰の課題を解決するのか… と考えると、私は「教育」が浮かびました。

「ビジョンラダー」のお話をさせていただきましたが、新たな概念による事業を考えていく際に重要なのは、既成概念に囚われた市場を「収益源」として捉え、新たな概念であるイデオロギーに基づく自社の事業に、どのようにお金の流れを変え、事業につなげていくことができるのかを考えます。例えば、修学旅行に対して家庭が負担する金額の多くは交通費に充てられているということを聞いたことがありますが、時期をずらしたり、敢えて地元での修学旅行にしてみることで、より体験への投資を増やすことができるようになる。当たり前になっている市場のあり方から問い直してみることが、事業の可能性に出会うことかもしれません。

久保:そうですね。今サゴタニ牧場には関東・中部からの修学旅行生が来てくれるほか、県内の私立中学校が研修で来てくれています。旅行会社の提案で学校向けのプログラムを作りましたが、今回お話してきたような、新たな概念の観点からの、子どもたちへのプログラムを創ってみたいと思いました。

森:健土健民のピラミッドや循環型農業は酪農の世界で語られていることだと思いますが、それだけではない、サゴタニ牧農だからこそ体験できることが、教育の本質のように感じました。過去から現在を振り返りながら、未来思考で自分たちの事業の可能性を見つめ、既成概念として留まっている市場から、自分たちが願う未来に働きかける市場へとお金の流れを変えていくことこそが、社会価値と経済価値を両立させていく道ではないでしょうか。
久保さんが話されている「生きる」という本質は、未来に向けて何を創造していくのかを指し示す立場である、経営者にとっても問い直すべき観点だと思いました。今見えているものだけで本当に良いのか、大切にしていくべき本質は何なのかを考え、ビジネスに取り入れていくことにも価値があると思います。

“味” と “記憶”、サゴタニ牧場の地域に根ざした「文化資本」

森:FICCが「ビジョンラダー」を中小企業の力にしていきたいと考える理由は、そもそも資源が限られているからです。一社で市場創造を行うのではなく、共創を前提とした市場創造を実現するためには、イデオロギーが共感されるストーリーとなることで「共感資源」となり経営資源の調達が可能になったり、また同時に、イデオロギーに基づく自分たち自身の資源が求められ、ビジネスの可能性が広がっていきます。

久保:祖父は広島に帰郷して、貧しくなっていた砂谷村を、酪農を通してもう一度豊かにしなければという強い想いを持っていました。米農家も牛を飼えば、あぜ道の草を牛が食べて牛乳や肉となると、地域の農家の人たちが豊かになるように、酪農を伝授していました。

森:久保さんが未来に向けて大切にされている「食べることは生きること」という考え、そして人の存在も含めた放牧による循環型農業は、久保さんが仰るように、例えば体験型の教育プログラム自体が「共感資源」として求められ、事業の広がりをも見せていく可能性があるのではないでしょうか。

久保:実は、できるだけ小さくせまくやりたいなと思っていて。残りの人生で何ができるのか。これからはできることに集中して力を注いでいきたい。コロナ禍で牛乳が余ってしまい、ドライブスルーでの販売を始めたのですが、牧場に来てくれて「うちの子はサゴタニさんの牛乳で育ったんよ」「自分の体の半分はサゴタニでできています」と、うれしい言葉をたくさんいただいたんです。これからも、放牧を中心に、酪農のみならず農業全般に関わって、「生きていてよかった」と思える瞬間を作れる牧場になっていきたいです。
家族に連れてきてもらった人が、また自分の子を連れてきて思い出を話す…。美味しいだけでなく、いろんな記憶が一緒に存在する、人生にとって大切な存在になっていけたらうれしいですね。

森:広島の人たちと共に生きてきたからこそのお話ですね。地域の歴史と共に歩んできた企業は、その企業の活動を通じて創造してきた「文化資本」があるはず。サゴタニ牧農さんの場合は、地域に継承された“味”や“記憶”の「文化資本」が、コロナ禍で大変な時に力になってくれた。この文化資本は、久保さんがいちばん大切にされていらっしゃることなのかもしれないですね。

久保:今日はこのような場でお話する機会をいただいてうれしかったです。同時に、現場である牧場で、全身で感じ取ってまた話すことを大切にしていきたいと改めて思いました。ありがとうございました。

「ビジョンラダー®」を体験、大切な想いを持ち寄るミニワークショップ

登壇セッション終了後に、自身や自身のブランドが願う未来への想いから、資源に出会うワークショップを行いました。今日のお話で感じたこと、自分と向き合いグループで語り合い、想いを重ねるとどのような未来が見えてくるか、そのためにどんな資源を互いに持ち寄れるかを、体験するワークショップです。

参加者からは、「サゴタニ牧農の事業が進化していく過程で、携わる人たちの想いと企業の社会的意義が強固な土台づくりに欠かせないことがよく理解できました」「大量生産・大量消費・大量廃棄の資本主義社会で、どうやって小さく経営していくかという課題を持っています。拡大ばかり求めてすべてを失わないよう、零細企業に将来の在り方をひとつ示していただいたすばらしい時間でした」という声もいただきました。

「仕事をしている中で大切にしているもの」という事前アンケートから、答えが近い方を同じグループにしたこともあり、中小企業の経営者、個人事業主、学生などの立場を越えて、意見交換が白熱。互いの想いに出会い、未来への願いや変えていきたいことなど、対話から出会う体験をしていただきました。

執筆・撮影:小林 祐衣

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