「1家に1ブルガリア」と言っても過言ではないほど、明治ブルガリアヨーグルトといえば、食卓にはお馴染みの商品。食料品店で必ず見かける青色のパッケージというイメージも強いでしょう。2024年に発売50周年を迎えた商品には、「ヨーグルトの正統」というキャッチコピーが付されています。さて、この“正統”。あまりに自明ではあるがゆえに、果たして今の時代に正統でいいの?そもそもブルガリアのブランド価値はどこにあるんだっけ?――明治社内でブランドに関わる皆さんはそんな疑問を抱えていたそうです。
FICCと共創したワークショップは、それぞれの内発的な想いを発散することからスタート。すると、人と食の風景のなかから見えてきたブランド価値が言語化され、これからの50年、100年を展望し、新たに挑戦したいことが明確になったといいます。
明治より、須川 裕介さん(グローバルデイリー事業本部 発酵マーケティング部 ヨーグルトG)、南 りえこさん(価値創造戦略本部 商品開発改革部 デザイン戦略G)、飯野 茉由さん(価値創造戦略本部 商品開発改革部 市場・商品調査G)の3名、そしてFICCからは土屋 有未(ブランドマーケティングコンサルタント/プロジェクトリーダー)と杉山 夏葵(ブランドスペシャリスト)の2名が参加した鼎談をお届けします。ワークショップでともに時間を過ごした皆さん。ワークショップメンバーが考案されたブルガリアの「B」ポーズで撮影されるなど、とても和気あいあいとした雰囲気のなかでの鼎談となりました。
発売50周年を迎えたブルガリアヨーグルトが持つ課題
──初めに、ブルガリアブランドを持つ明治は、どんな雰囲気の会社なのかお聞きしたいです。
須川:明治は食品メーカーとして、健康・おいしさ・楽しさ・安心を届ける会社です。社内の人間に対して「人がいい」と言われることが多く、親しみやすさのある会社だと思います。今日、鼎談に参加しているメンバーもそうですが、おしゃべりな人が多いんですよね。本当に、しゃべり出すと止まらないくらい(笑)。でも、根は真面目。仕事をするときはする、そして遊ぶときは遊ぶ、というメリハリがありますね。どの部署も同様で、会社全体がそんな雰囲気だと思います。
飯野:私も、社内みんなの表情が柔らかいなという印象を持っています。上司にも話しかけやすい雰囲気があって、立ち話や雑談のなかから「その考え方いいね〜!」と商品開発にまつわる話に発展したりすることも。些細な場面からもいろいろなアイデアが生まれることを日々感じています。
南:特にブルガリアブランドに関わるチームのなかでも須川さんはいろいろなことに対して「いいね!」と反応をしてくれる人。皆がすごく前向きな気持ちになりますよね。そのひと声でアイデアがさらに昇華されていく感じがします。さすがリーダーだな、と。
──そのように開けた社内の雰囲気は、食品を扱っていることに理由があるのでしょうか?
須川:やはり皆が、率直に食べることが好きという大前提のもとに集まっていて、体にいいものを手がけているので、自信をもってお客様に推奨したり、実践したりすることができるんですよね。
──ブルガリアヨーグルトといえば、スーパーやコンビニにも必ず置いてあって、ヨーグルトの定番・王道というイメージが生活者にも浸透していると思います。社内では、ブルガリアブランドはどのような存在として捉えられていて、どんな課題を持っていたのですか?
須川:ブルガリアブランドは今年で発売50周年を迎えましたが、ブルガリアヨーグルトという商品は日本のヨーグルト市場を築いてきて、圧倒的なナンバーワンブランドだったので、社内においてもその成功体験が根強くあると思います。しかしながら、昨今、機能性表示食品へのニーズなど生活者の価値観とともに市場環境が変化してきていて、そのなかでブランドが直面しているマーケティング課題も見えてきました。
また、強いブルガリアブランドのイメージがあるがゆえに、意外とその価値を言語化できていなかったりするんですよね。認知度のあるブランドになって、社内でもなんとなく共通認識を持てていると思っていたんですが、蓋を開けてみると少しずつズレがある。
南:例えば、頻出する話題の一つに「ブルガリアヨーグルト=青色」というものがあって。ブルガリアシリーズのパッケージのデザインには青色をどこかに使うということがよく言われるんです。青色はあくまで一つの手段ではあるものの、ブルガリアヨーグルトのブランド価値を明確に言語化できていないからこそ、視覚的にわかりやすいものへ引っ張られてしまう。「青色じゃないとなんとなくブルガリアヨーグルトっぽくない」という感覚は、言葉にするとどういうことなのか?と。
須川:「明治ブルガリアヨーグルトDeep Blend」シリーズを開発したときはまさにそうでしたね。最初は、パッケージの色が従来のブルガリアヨーグルトのブランドイメージから外れているのでは?という社内の声もあって。結果、多くのお客様に受け入れていただける商品になったのですが、ブランドに関わるチームの中でブルガリアヨーグルトのブランド価値について共通認識が持てていないのかもしれない……と薄々感じていたんです。
──50周年を迎えた明治を代表する商品でもあるからこそ、現代の変化を取り入れ、新しいブルガリアヨーグルトを作っていくためにも、今後を見据えたブランド価値を再定義することが必要になってきたということですね。
南:ブルガリアヨーグルトには「ヨーグルトの正統」というコピーがあります。社内でも世代によって認識は少し異なるのですが、50周年にあたってそのままでいいのかという話題になりました。ここまで価値を認められるブランドになったのはお客様が支えてくれたおかげなのですが、果たして今、ブルガリアヨーグルトとお客様を繋ぐ言葉が「正統」でいいのだろうか?という議論が起きたんですね。商品を発売した当初は、本場ブルガリア(国)のヨーグルトであることを打ち出していましたし、それこそがブルガリアブランドの価値という社内の意識がどこかにあったのかもしれません。愛が強いからこそではあるのですが。
須川:それに、いつもお店に置いてある青色のパッケージだとしても、きっと今の若い世代は昔とは異なるイメージを持っていると思うんです。
飯野:以前から大事にしていたイメージは、本当に今の時代に合っているものなのか?次の50年後、100年後にも愛されるブランドになるときにも大事なものなのか?と頭の中でモヤモヤとしていましたね。
ブランド価値を言語化するためのワークショップ
──そのような課題が明確になり、FICCにお声がけすることになったのですね。その経緯についてもう少し詳しく教えていただけますか?
南:チームでブルガリアヨーグルト50周年の企画を考える雑談をしていたのですが、企画は決まっていたものの、やはりこのタイミングでこれからも愛されるブランドであるためには、この先の50年、100年をしっかり考える必要があるんじゃないかという話になりました。ブルガリアヨーグルトのブランド価値についてきちんと言語化して、可視化できるところまで持っていくことができたらいいねと。でも、皆それぞれ日々の業務もあり、なかなか腰を据えて考える時間を取れないので、何か方法を考えようということになったんです。
そこで、以前、お菓子の施策でご縁をいただいたFICCさんにお願いしようということになりました。こちらの想いを掬い上げて、クリティカルな視線を持ちつつ的確なことを言ってくださるという信頼を持っていたんですよね。
──FICCと共に、どのようなワークショップが開かれたのでしょう。
土屋(FICC):最初にご相談をいただいたときは、マーケティング課題を解決したいということが基点にあったんですよね。ブルガリアヨーグルトが誕生した50年前と現在とでは競争環境が変化していて、生活者のニーズも大きく変わっていますから。ブルガリアヨーグルトがヨーグルトの食文化を築いてきたことは自明ですが、明治さんではR-1など機能性に特化した商品にも力を入れているなかで、商品ポートフォリオやマーケティング戦略の見直しをしたいというご相談でした。
しかし、ブランドの皆さんと打ち合わせを重ねる中で、まずはブランドの根幹を整理する必要があるのではないかと考え、ワークショップのプロジェクトをご提案し、スタートしました。キックオフ回のときに南さんが、「ワークショップを通じてブルガリアヨーグルトに対して皆が持っている暗黙のルールのようなものが一体なんなのか、可視化できるように言語化して共通認識を作りたい」とおっしゃっていたのが印象に残っています。ブランド価値の整理はもちろんですが、その先にはきちんとマーケティング課題の解決も見据えて設計します。FICCが掲げているブランドマーケティングによって支援させていただいたところが大前提にあります。
──ワークショップに参加したメンバーは?
南:マーケティング部や、商品開発部門、研究部門、デザイン部門、調査部門のメンバーです。1月にワークショップがスタートしましたが、異動が4月にあったため、途中からは引き継ぎも兼ねて、可能な限り新旧メンバー双方を巻き込んでいき、全員が全6回のワークショップに参加できるようにしました。
──さまざまな部署の方が参加されたのですね!ワークショップの初回ではどのようなことをしたのですか?
土屋(FICC):ブランディングフェーズとマーケティングフェーズがあったのですが、ブランディングフェーズでは、皆さんが持っている熱い想いを起点として、内発的動機からブランドがどのような未来をつくっていきたいかを一緒に整理することを目的にワークショップを設計していきました。そのため、最初は皆さんに思いの丈を発散していただくことをしたんです。「どうして明治に入社したのか」「入社して実現したかったことは何か」ということから、「皆さんが考える食のあり方とは?」という質問まで、ブルガリアブランドからいったん離れた個々の想いや考えを引き出していきました。
普段、仕事をするなかでありのままの自分の気持ちを発散することってなかなかないじゃないですか。でもいざ発散してもらうと、皆さんが懸念していたことに反して、かなり同じ方向を向いているということがわかりました。自分たちの考える食のあり方というのは人と人のコミュニケーションであるとか、人の心を豊かにしてくれるものだというように。
──ブルガリアヨーグルトブランドのチームの皆さんは、ワークショップのどんなことが印象に残っていますか?
須川:ワークショップは1月にスタートして、私は4月に途中から参加したのですが、すごく入りやすいオープンな雰囲気だったことが印象に残っています。
南:市場や社内の課題感についてなんでも思っていることを話して、今後を見据えてこういうふうにやっていかなきゃとか、言いたい放題でした(笑)。それで、これを次のワークショップの回でどうするんだろう?と思っていたら、次のワークショップでは、点と点がちゃんと繋がっているんですよ。驚きましたね。発散して後でまとめてもらったものを振り返ると、「私たち、いいこと言ってるじゃん!」って(笑)。でも、そうやって皆が想いを吐き出すことができたのは、FICCさんが心理的安全性を確保してくださったことがすごく大きいと思います。FICCさんがブランドマーケティングの観点から収束してくれるから、発散してしまおう!という安心感。ニックネームを付けて呼ぶというのも面白いし、とにかくやりやすかったですね。
土屋(FICC):FICCのスタンスとしては、私たちが答えを持っているのではなく、答えを持っているのはブルガリアに関わっている皆さんで、皆さんの想いでしか未来をつくることはできないと考えているんです。皆さんの熱い思いから発せられるパワーワードがありすぎて、その集約は難しかったですね(笑)。でも、皆さんの話を聞いていると、人との繋がりを大事にされていることが強く感じられて、それが一つの軸になったと思います。
飯野:ブルガリアヨーグルトのTVCMで使われた曲をかけたり、お菓子を一緒に食べたり。楽しい空間を一緒につくれたことはFICCさんのおかげですね。私はプロジェクトオーナーでもあったので、協力しながらワークショップを組み立てたというのは大きな糧になりました。
FICCとの共創から生まれた「ブルガリアヨーグルトは、あらゆる食のシーンを豊かにする」
──ワークショップを通じて、皆さんの想いが整理され、ブランドの大義が見えてきたとお聞きしました。
杉山(FICC):キックオフ回では、理想の食卓のあり方についてそれぞれの想いを出してもらって、1回目のワークショップでビジョンとミッションの種になるものを洗い出しました。それを基に、FICCで概念の整理をして、2回目のワークショップでは表現の磨き上げをしましょうと提案。私たちが叩き台をつくってはいますが、ブルガリアヨーグルトブランドにかかわる皆さんがよりしっくりくる言葉に磨き上げをして最終化したという感じですね。そのなかで、「あらゆる食のシーンを豊かにする」という考えが出てきました。
飯野:「食」とは、栄養を摂るだけではなく、食にまつわるさまざまな場面があって、食を通じて「おいしいね」と会話が生まれることでよりおいしくなったり、楽しくなったりして、健康になることができる。そこに寄り添えるのがブルガリアヨーグルトだよね、という話になったんですよね。ヨーグルトを日本に食文化として根付かせたブルガリアヨーグルトブランドだからこそ、お客様にいろいろな場面で多様な食品を提供することができて、食に価値を見出すことができる。単なる食物でも健康の素材でもなく、何気ない日常の中にある大事な食というシーンをつくり上げていくことこそがブルガリアヨーグルトの価値ではないか、と。
須川:ヨーグルトは朝食のイメージが強いと思いますが、実際はオフィスの休憩時間にちょっと食べたくなったり、夜にもうひと仕事するときに食べることもある。そんな話から多様なシーンへと広がって、1人で食べてもいいし、誰かと一緒に共有してもいいよね……と、そのような話題になったことが、食のシーンというテーマへの転換のきっかけになったと思います。
杉山(FICC):ブルガリアヨーグルト自体に、家族の健康を支えてきたという50年間の明確な実績があって、それが機能性のヨーグルトと差別化できる大きなポイントだということは、どのチームからも挙がったことでした。さらに、家族との思い出があることが、安心感や幸せに繋がっていて、1人で食べていても他者との繋がりを感じられる。そのようなブルガリアヨーグルトらしい幸せの定義が見えてきたことは大きな鍵になりましたね。
南:これまでたくさんの人の繋がりの中に存在してきたブランドだからこそ言えることを再認識して、今回の大義を導き出すことができたんですよね。
──ブランドの大義を見出したことで、社内で以前と変化したことはありますか?
須川:マーケティング、商品開発、研究、デザイン、調査と、ワークショップに参加したそれぞれが自分の担当する部署に戻って、ワークショップで導かれた目指す大義を共有してくれたんですよね。それぞれ部署でやる仕事がありますが、皆の最終ゴールが同じところを見ているという意識が生まれたのはすごく重要なことで、担当する仕事が異なっても、言葉やアイデアが「伝わっている」と感じるんです。大義によって拠り所が明確になったと言えばいいでしょうか。
南:個人的には、ブルガリアヨーグルトブランドで何かを組み立てていくときに、以前よりも丁寧にブランドを扱っているように感じています。以前はヨーグルト市場のリーディングブランドであることを判断軸にしていたことが多かったと思います。でも今は、ブルガリアヨーグルトは王道にして常に最新のブランドで、その周囲にはさまざまな食の風景がある。そのようにブランドの価値を理解し直したことによって、納得して自信を持ってブルガリアヨーグルトブランドを発信していくことに向き合えるようになったのではないかと感じます。
須川:逆の発想も生まれて、ブルガリアヨーグルトが目指す世界観が明確になったからこそ、新商品を検討する際に、達成した顧客ベネフィットがブルガリアヨーグルトブランドであるべきか、それ以外のブランドであるべきかを適切に判断できるようになったと思います。「なんとなくブルガリアっぽい」という曖昧な会話が減りましたよね。
飯野:FICCさんとのワークショップで想いを表に出して整理できたからこそ、今まで以上にチームが一緒になって明確に戦略を描いて、色々なことを整理できるようになりました。やはり、市場分析やお客様を調査するだけでは足りていなかったと感じました。ブランドにかかわる個々の想いを発散して皆が考えていることを共有したことで、どんな世界を描いていきたいか、実現していきたいのかと、考えられるようになったんだと思います。
南:FICCさんがワークショップの初めのほうで、「今の世の中の商品は、市場のニーズに左右されがちで開発者の想いが出しにくくなっている。だから似たような商品が多いのではないか」ということを言っていたんですよね。でもそこにはやっぱり開発者の想いがあって、それがかけ合わさったときに初めてオリジナルの商品ができて、選ばれるものになっていくんだということをワークショップを通じて実感することができました。
──ワークショップで得たことを通じて、今後取り組んでみたいことなどはありますか?
須川:マーケティング部の立場として、ワークショップを通じてやはり皆さんの想いを背負ってやらなければならないと思ったので、商品に落とし込むことをブレずにやっていきたいですね。例えばヨーグルトの容器に関して、商品ごとにそれぞれ形が違うのですが、戦略で見出した食のシーンを広げる可能性はまだまだ柔軟に広がっているはずだから、それに囚われずに挑戦し続けたいです。
南:ワークショップ後にマーケティングチームと話して、ブランドの戦略についてプロダクトベースになることが多いけれど「人」ベースに変えていきたいという話が出てきたんですよね。
それと、年末にでも1年に1回、ワークショップメンバーにあのとき決めたことが今こんな形で展開されているよと報告する場として飲み会をするのはすごくいいことだとFICCさんから提案いただいて、これは必ずやりたいです(笑)。
飯野:ブルガリアヨーグルトは毎年調査を行い、お客様の声を社内にフィードバックしているので、その調査にワークショップの内容を反映させて、ブランドが大切にしていることがきちんとお客様に届いているか確認していきたいと思います。
またブルガリアヨーグルトだけでなく、他のブランドの調査にも関わっているのですが、同じようにブランド価値の言語化がもう少しできたらいいのになと思うものがいくつかあります。特にロングセラーのブランドほど言語化が難しいと思っているので、FICCさんにご協力いただけると嬉しいなと思っています。
須川:FICCさんは収束していくのがお上手なので、今後もブランドやマーケティングの方向性を見定めていく壁打ち相手になっていただけると嬉しいです!
執筆:中村 志保 撮影:丸山 駿