
—— 長年愛され続けてきた老舗企業やブランドが、自分たちの“らしさ”を改めて見直すのは、どのようなタイミングでしょうか。
2026年に50周年を迎えるマリオンクレープを展開する株式会社マリオンは、創業者の引退に伴い新体制へと移行する中で、組織内のマリオンブランドの認識にばらつきがあるという課題に直面していました。そこでFICCとともに、社員だけでなくアルバイトも巻き込んだワークショップを実施し、メンバーの想いやエピソードをもとにマリオンブランドのあり方を導き出す取り組みを行いました。
先日、株式会社マリオンの常務取締役・中条 幹夫氏をFICCオフィスにお招きし、本取り組みを担当したFICC クリエイティブディレクター・森田 雄とともに、取り組みの内容をご紹介するトークセッションイベントを開催しました。イベントには、株式会社マリオンの関係者をはじめ、他企業でHRや組織開発に携わる方々も多数ご参加いただき、マリオンクレープの歴史や中条氏の想い、FICCとの取り組み内容に熱心に耳を傾ける様子が見られました。
株式会社マリオン 常務取締役・中条 幹夫氏
高校生の時に原宿竹下通り店にアルバイトとして株式会社マリオンに入社し、以来30年近く勤務。現在は常務取締役として経営にも参画している。今回のプロジェクトでは、マリオンクレープの歴史や文化を参加者に紹介しながら、自らも「一人でも多くのマリオンクレープのファンを増やしたい」という想いを胸にワークショップに参加。
FICC クリエイティブディレクター・森田 雄
12年間映像ディレクターとして経験を積んだのちFICCに入社。CM、MV、映画、プロジェクションマッピングなど、あらゆる映像演出の経験をもとにストーリーテリングを探求。今回のプロジェクトでは、ワークショップを通じて、マリオンの歴史や従業員の方々のエピソードを導き出し、言語化だけでなく、ブランドのストーリーとして手触り感のある共感資源を生み出す支援を行っている。→ インタビュー記事はこちら
マリオンクレープが直面していたブランド課題

森田: ブランディングに取り組む背景はさまざまだと思いますが、アウターに向けた課題だけでなく、やはり組織課題と密接に結びついているケースが多いかと思います。今回ご紹介するマリオンさんとの取り組みでは、マリオンの皆さんの想い、いわゆる“内発的動機”をもとにブランドを設計していったアプローチについてご紹介できればと思います。
まず、マリオンクレープについて伺ってもよろしいでしょうか?
中条氏: 皆さん、マリオンクレープをご存じでしょうか?
1976年に創業し、2026年でちょうど50周年を迎えます。創業者の岸 伊和男は大学卒業後にパリに渡り、そこで出会った本場のクレープを日本で始めたのが創業のきっかけなんです。
当時のフランスのクレープは、ジャムやリキュールを塗るだけのシンプルなもので、街角のカフェの軒先でおばちゃんが焼いて、新聞紙に包んで学生さんなどに売るような、いわば駄菓子感覚のものだったそうです。それをそのまま日本に持ち込み、最初に広めたのがマリオンクレープです。
1号店は渋谷の公園通りの駐車場の一角でスタートしました。当時はまだ珍しい食べ物だったため、『anan』などのファッション雑誌で取り上げられ、大きな話題となり、今でいう “バズる” 状態になりました。その翌年に、今もある原宿の竹下通りに出店し、現在では当たり前のように食べられている、アイスクリームやフルーツ、生クリームなどを巻き込んだ「ジャパニーズスタイルのクレープ」が生まれました。こうして、日本で初めて “紙巻きクレープ”による食べ歩きのスタイルを定着させたマリオンクレープは、現在100店舗ほど展開しています。
森田: 今回ご支援させていただくにあたり、FICC社内でアンケートを取ったところ、多くの社員がマリオンクレープを食べたことがあり、クレープにまつわる楽しい思い出を持っていることが分かりました。やはり長年のクレープ文化を牽引してきた歴史と結びついているパワーを実感しましたね。
今回、私たちがご支援させていただくことになった背景について、お聞かせいただけますか?

中条氏: そうですね。先ほどお話しした創業社長が引退するタイミングで、2019年に会社を売却しました。「あとは任せたよ」という形で、親会社のもとでマリオンクレープは継続していくことになったのですが、親会社も運営には大きく介入することはなく、我々に一任してくれていました。そして、その後すぐにコロナが始まりました。
実は、私自身は高校時代にアルバイトとして入社し、そこからずっとこの会社に関わってきまして、今年で50歳を少し過ぎましたが、本当に長く働いてきた会社なんです。そんな中で突然「これからどうするのか?」という状況が降ってわいてきて、さらにコロナも重なりましたので、正直かなり悩みました。今後どのような立ち位置でやっていくか、組織としてどう進めていくかを考えていたタイミングだったんです。
森田: そうした課題がある中で、実はFICCのメンバーであり、かつてマリオンクレープでアルバイトをしていた水嶋との “運命的な再会” があったんですよね。
中条氏: そうなんです。たまたま東京タワーの直営店に冷蔵庫の修理で訪れていた時に、水嶋さんとばったり再会しまして。そこで、彼女から今FICCにいて、企業のブランディングの仕事をしていることを聞いたのですが、そのときは “ブランディング” という言葉が正直ピンとこなくて。すると「じゃあ、中条さんはマリオンをどんな会社にしたいんですか?」という質問をいきなりされて(笑)。それで一度、お話を聞くことになりました。
従業員の想いを導き出すブランディングワークショップ設計

森田: その後、私と水嶋でお話を伺うことになったのですが、何度か打ち合わせを重ねるうちにブランディングプロジェクトが具体化していきました。中条さんの中で「このプロジェクトを進めていこう」という気持ちに傾いていった心境の変化について、お聞きしてもよろしいですか?
中条氏: 率直に言うと、当時向き合っていた課題とブランディングとのつながりが自分の中では見えていませんでした。どちらかというと、新体制のもとでどう組織に統一感を持たせていくか、コロナ明けを見据えてどう店舗拡大をしていくか、といったことが課題で、ブランディングを行うという発想は正直ありませんでした。
でも、森田さんたちと話をしていくうちに「マリオンブランドを組織全体で考えていくことで、一体感が生まれるんじゃないか」「以前は浸透しなかった企業理念も、和気あいあいとした社風だからこそ、このやり方ならうまくいくのではないか」というイメージが湧いてきたんですね。いろいろと噛み合って、納得感が増していったことが大きかったと思います。

森田: 対話の中で、ブランディングの課題と組織内の課題が徐々に見えてきて、そこからこのプロジェクトを形作っていきました。具体的にプロジェクトをどう設計したのかと言いますと、ポイントは3つあります。
1. 50年続く“老舗”としての資源を活かす
やはり50年続いているということは、その背景に何かしらの価値や魅力があるはずです。そうしたブランドの強みをきちんと整理し、社内外へ伝わりやすくすることを目指しました。
2. 店舗スタッフも体現しやすい形にする
店頭での調理や接客が、直接ブランドを体現する業態であることを踏まえ、現場のスタッフの皆さんが体現しやすいアウトプットであることを大切にしました。
3. 従業員が参加できるプロジェクト設計を行う
マリオンクレープの強みや価値観を単に言語化するだけでなく、組織内で浸透させ、機能させていくことを念頭に置き、プロセス自体に従業員を巻き込む設計を行いました。
私たちは、社員やアルバイトの皆さんの “内発的動機” を起点に、ブランドを言語化していくワークショップを設計しました。それぞれの経験や想いを出発点にし、組織全体が納得できるブランドづくりを行っていきました。

ブランドの設計には、外部環境や課題をもとに論理的に進める手法(アウトサイドイン)と、内側にある想いを中心に進める方法(インサイドアウト)があります。戦略的思考やマーケティングの面ではアウトサイドインが有効ですが、外部環境を拠り所にブランドを決めていくと、環境が変化したときにブランドのあり方も変わってしまうリスクがあります。一方、インサイドアウトによるブランドづくりは、関わる人たちの内発的動機にもとづくため、外部要因の影響を受けにくく、ブランドの一貫性を保ちやすいと言えます。
私たちの考えでもありますが、ブランドというものは、関わる一人ひとりの意志や抱いている意味が、結果としてそのブランドたらしめるものだと思っています。ですから、ワークショップでは、皆さんの中にすでにある意志や意味を導き出すお手伝いをしました。そして、ワークショップを通じて一人ひとりが思う「マリオンクレープの価値」を言葉にして、全員で合意形成をしていきました。
こうしたプロジェクト設計をご提案した際、中条さんご自身もワークショップへの不安や疑問があったかと思います。当時のお考えについてお聞きしたいです。

中条氏: そうですね。先ほどお話ししたように、創業社長が45年もの間、会社を率いてきたので、社長の考え方がそのままブランドでもありました。それをこれから変えていこうという時に、まず大事なのは「みんなで考えること」だと思っていました。そういう点では、私自身をはじめ、店舗で働くアルバイトも一緒に参加するワークショップというのは、非常に面白いと感じました。
ただ、不安もありました。みんなで自由に話し合う中で、「本当に建設的で自由な意見が出るのだろうか」「あるいは不満ばかりが飛び交うのではないか」「給料や待遇の話などが多く出てきてしまうのではないか」といった心配も正直ありました。でも、それも含めて、FICCさんにお任せしようという気持ちで進めることにしました。
森田: 実際には、そういった話はほとんど出ず、とても前向きな意見がたくさん出ましたよね。中条さんとしては、このワークショップで「これだけは達成したい」と思っていた目標はありましたか?
中条氏: 最終的には、いろんな意見がちゃんと出て、みんなで合意した上でゴールを迎えたいという思いが強かったですね。意見交換をしたのに、自分の意見がまったく反映されずに終わってしまうのは避けたかったんです。実際、そうしたこともなく、みんなで納得できる形にまとまったのは、とても良かったと思います。
森田: ええ。皆さんも仲が良い社風ということもあって、全員が積極的に参加してくださったので、有益な意見が数多く出ました。その分、まとめるのは大変でしたが(笑)。それでも、みんなの声をもとに一つの方向性を導き出し、納得感を得られたワークショップだったと感じます。
従業員の想いが一つのブランドコンセプトへとつながった瞬間

森田: ワークショップは2日間に分けて行い、1日目はブランドの「コンセプト」、2日目は行動指針となる「マニフェスト」を作っていきました。
1日目は、まず会社の歴史を振り返り、「例えば2030年に、どんな風になっていたいか?」といった形で、未来のマリオンクレープを想像するところから始めました。そのうえで、未来と現在のギャップを捉え「どう変わっていきたいのか? そのために何に取り組むべきか?」を考え、最後に「コンセプト」へと落とし込んでいきました。2日目は、1日目で見えた大枠をもとに、自分たちが大切にしたい価値観を言葉にして、「マニフェスト」をまとめていきました。
プロジェクトを進めるにあたっては、私たちだけでワークショップを作るのではなく、マリオンさん側で「プロジェクトオーナー」を任命していただき、意見を出し合いながら、参加者の選定や事前のすり合わせを一緒に進めました。やはり社内のことは、社員の皆さんが一番把握されていますから。組織への浸透を見据えて、横と縦の広さを意識して、なるべく多くの部署や立場が異なる方々に参加していただき、アルバイトを含めて26名となりました。
中条氏: 私も参加したのですが、同じテーブルにマネジメントの人間がいると、どうしても皆が遠慮してしまいがちですよね。そこで、できるだけ自分の意見は控えめにして、若いスタッフにいろいろ話してもらうよう心がけました。
それから「チーム対抗 紙飛行機チャレンジ」のアイスブレイクは、本当に良かったですね。今でも店長会議などで同じような手法を取り入れています。最初に盛り上がることでチームの雰囲気が和み、普段言えないことも言いやすくなるんですよ。当日のワークショップでも、初めは口数の少なかったアルバイトスタッフが、少しずつ遠慮なく意見を言うようになっていく様子が印象的でした。
森田: また、皆さんの考えをなるべくたくさん引き出すことが大切だと考えていたので、敢えて発散しやすい仕掛けを取り入れました。
1日目の皆さんからの「難しかった」というフィードバックも踏まえ、2日目は約50枚のカードを用意し、そこに書かれたマリオンクレープに関連するキーワードを見ながら「クレープ屋というより、私は○○だと思う」といった形で、新しい見方を自由に発想してもらいました。たとえば「クレープ屋というより、遊園地だと思う」というアイデアが出たときには、「食べ物を出すだけじゃなく、エンターテインメントを提供している」という意志があるんだなと分かるんです。
中条さんは、皆さんから挙がってきた意見やアイデアについて、どんな発見がありましたか?

中条氏: アルバイトスタッフも含め、思っていた以上に「マリオン愛」を持っていることを知れたのは大きな発見でした。ワークショップを通じて、彼らの想いや考えがどんどん出てきて、すごくうれしかったですね。最終的に一体感が高まったのを実感しました。
森田: 初日のワークショップで、中条さんと同じテーブルだった若いアルバイトの方が「マリオンはアットホームだ」と力強く話していたのが印象的でした。そこから生まれた「アットホーム」というキーワードが、最終的にはグループワークで大きな役割を果たしましたよね。ほかにも「エンターテインメント」や「ファンを大切にする」といった言葉が挙がり、それらをまとめていった結果、“マリオンクレープのお客様(ファン)を楽しくさせよう!” という想いを込めた「ファン・フォー・ファン!(Fun for Fans!)」というブランドコンセプトが生まれました。
このフレーズ自体は私たちがコピーライティングとしてご提案したものですが、中身は皆さんのキーワードを集約したものです。同時に7つの行動指針も整え、現在はこれを「マニフェストブック」にまとめていく作業を進めています。
ファン・フォー・ファン! —— 50周年、その先に未来に向けたブランドの骨格

森田: できあがったコンセプトやマニフェストについて、中条さんはどのように感じていますか?
中条氏: 「ファン・フォー・ファン!」という言葉は、若いアルバイトスタッフにもピンと来やすい表現ですよね。改めて「マリオンクレープって、そういう楽しさを提供する会社なんだ」と腹落ちする感覚がありますし、本部と現場、さらには立場の違う社員も含めて、一体感を作りやすいと思います。ポスターなどのイメージにも「マリオンらしさ」が表れていて、本当に良かったと感じています。
森田: 中条さんは現在、現場の接客品質を特に重視していらっしゃるとお聞きしていますが、このコンセプトが現場でどう活かされそうか、何か手応えはありますか?
中条氏: そうですね。今後は接客指導にも「ファン・フォー・ファン!」の考え方を取り入れていきたいと思っています。通常であれば、カスタマーサービスの研修などを講師を呼んで行うことが多いのですが、受け身で「勉強させられている」感があり、なかなか腹落ちしにくいんですよね。でも、今回のワークショップのように、アルバイトの方も含めて全員が主体的にブランドについて考える機会を持てたことで、「これは自分たちのものだ」という実感が湧いてきたのではないかと思います。そこが今後の施策に大きく影響してくるはずです。

森田: ありがとうございます。現在は、導き出した内容をマニフェストブックやポスターにまとめ、皆さんにしっかり理解していただくための準備を進めています。モチベーション高くワークショップに取り組んでくださった26名の方々が、今度は組織内の「キーマン」として浸透をリードしていく形ですね。事前のアンケートでも、参加者の多くがポジティブな声を寄せていて、とても楽しみです。
ブランドの「骨格」ができると、商品開発や広告の打ち出し方はもちろん、教育や採用など社内外の活動において「何を軸にすべきか」が明確になります。今後も、ブランドコンセプト「ファン・フォー・ファン!」を柱として、インナーとアウター両方の活動に接続していければと思っています。
最後に、今後の50周年に向けた抱負をお聞かせいただけますか?
中条氏: 2026年でちょうど50周年を迎えますが、このブランドの骨格が固まってきたことで、社内の方向性が一つにまとまりやすくなったと感じています。実際、既に「50周年にこんなイベントをやろう」といった声も出始めていて、そうしたアイデアが自然に出てくること自体が、大きな変化だと思います。
「ファン・フォー・ファン!」を軸に、クレープ以外の新たなアイデアなど、さまざまな可能性が広がってきました。50周年がゴールではなく、その先の50年を見据えて、若い世代が積極的に動いてくれるきっかけになることを期待しています。店舗数もまだまだ増やしていきたいですし、ただ拡大するだけでなく、中のスタッフが本当に楽しみながら働ける“骨太”の組織をつくりたいと思っています。
今回、FICCさんにブランディングをサポートしてもらって、まずは大きな一歩が踏み出せました。今後も引き続き、お力添えをいただければ幸いです。
森田: ありがとうございます。組織の皆さんが楽しく、前向きに取り組める土台ができたことは大きいですよね。今後もブランドを磨きつつ、事業活動をよりシャープにしていくために、私たちも全力でお手伝いしていきたいと思います。
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このブランドコンセプト「ファン・フォー・ファン!」は、毎年開催されている社内コンテスト「クレープマイスター」にて初披露されました。このコンテストは、全国の店舗からクレープのクオリティや接客対応などを基準に “最もマリオンらしい店員” を決めるもので、従業員だけでなく、取引先関係者も参加するイベントです。参加者からは、早速「ファン・フォー・ファン!」という言葉が飛び交い、イベント後に実施したコンセプトに関する従業員アンケートでは、「お客様を大切にして、笑顔あふれるお店にしたい」「仕事も自分自身も楽しむ気持ちを忘れない」といった声が寄せられ、ブランドコンセプトへの共感がうかがえました。
FICCでは引き続き、50周年に向けてブランドコンセプトやマニフェストを軸としたインナー・アウター両面でブランディングのご支援を行っています。取り組みの詳細については、今後、事例記事としてご紹介予定です。