新しい知識の獲得は、能力の開発と組織の成長を担保する唯一の方法です。ナレッジマネジメントはあらゆる組織にとって、市場環境の急速な変化に適応し、競争力を維持するために欠かせません。いまや、チームや地域を超えて、情報を素早く共有することは決して難しいことではありません。現代の組織はその大きさや複雑さに関わらず、テクノロジーを活用することで、効果的なナレッジマネジメントを実現することができるはずです。しかし、その簡便性により、多くの組織では情報の共有だけが目的と化しています。個人の経験に基づく知識を組織的に学習する仕組みがなければ、むやみに共有される膨大な情報量に圧倒され、ほんの一部だけの活用可能な知識のために、貴重な資源を消耗させてしまうのです。
ナレッジマネジメントの目的は、決して情報共有ではなく、学習を通じた組織力の強化です。この誤解こそが、いまだにナレッジマネジメントから成果を得られない組織が多く存在する理由です。人の学習なくして、テクノロジーが組織の成長の答えとなることはありません。そのためには、能力の強化に必要な知識の種類と、その知識を個人から他者へと移転させる方法を理解する必要があります。
多くの組織がナレッジマネジメントから成果を得られないもうひとつの理由は、標準化された業務プロセスやワークフローを持っていないことです。共有された知識を組織的に活用するためのプラットフォームがなければ、プロジェクトごとに結果は異なり、同じ間違いが繰り返されてしまいます。多くの専門家との協働を要する現代のマーケティング組織が成果をあげるためには、パーセプションフロー・モデルのように、業務の標準化を可能にするプラットフォームが必要なのです。
優れた組織はどのようにナレッジマネジメントを実施しているのでしょうか? その理解のために、私はまずSECIモデルで有名な野中郁次郎氏の著書、『失敗の本質』を読むことを勧められました。この本では、第二次世界大戦の初期において日本軍が米軍を圧倒したにもかかわらず、組織力の低さによって敗北した様子が解説されています。
日本軍とは対象的に、米軍は自らの過ちから素早く学び、迅速に状況への適応をしました。ビジネスでも必要とされるこの機敏さと規律が戦争の勝敗を分けた原因になったのはもちろんですが、米軍、特に米空軍が世界でもっとも効果的な学習型組織へと進化することにもつながります。彼らがリスクの高いミッションを毎日失敗なく実行できる理由は、決して個人の超人的な能力ではなく、徹底したナレッジマネジメントによる組織力です。
現代のビジネス組織の大半がいまだにできないことを、数十年前の米空軍はどのようにして成し遂げたのでしょうか? 彼らはナレッジマネジメントと実際の業務を区別せず、学習を作戦行動のなかに組み込んでいたのです。米空軍でデブリーフィングと呼ばれる結果報告は、同じ過ちが二度と繰り返されないことを確実にする、作戦行動の不可欠な一部です。デブリーフィングは、組織が効率的かつ効果的に学習する仕組みであり、いかなるビジネス組織にも適応することができます。元空軍職員によるビジネスコンサルティング会社アフターバーナー(Afterburner)は、この仕組みをS.T.E.A.L.T.H.デブリーフというフレームワークにまとめています。個人の見解も一部加えますが、今回はこのフレームワークをもとに、学習型組織のナレッジマネジメント手法を学んでみましょう。
デブリーフィングの設定
学習は業務の一部であるため、デブリーフィングは実行計画に事前に含まれている必要があります。デブリーフィングの重要度は、オリエンやブリーフィングと同等であり、すべてのメンバーに時間厳守、出席、および貢献が求められます。メンバーは全員、WORKED / NOT WORKED(上手く行ったことと行かなかったこと)と、その原因について話し合い、分析をする準備をしなければなりません。予想外の成功や間違った仮説に基づく成功も、問題として分析する必要があります。
心理的に安全な環境の確立
デブリーフィングは個人の実績ではなく、組織の能力を評価するものです。そのためには、すべてのメンバーが自分の経験や考えを責められることなく発言できる「心理的に安全な」環境が必要です。その目的は建設的な批判を取り除くことではなく、お互いの視点を受け入れて尊重することです。デブリーフィングでは個人から地位や肩書を切り離し、発言も結びつけません。空軍職員はこの考えを強調するために、実際にフライトスーツから名前や階級章を剥ぎ取ります。メンバーの準備ができたら、まずはプロジェクトのリーダーから自身のミスや不十分だった点を発表し、全員に率直な評価を求めます。
目的と結果の確認
人は目前の仕事に熱中すると、本来の目的を簡単に見失ってしまいます。これは組織にとってもっとも一般的であり、もっとも避けねばならない過ちです。デブリーフィングはプロジェクトの目的を確認し、結果と比較することからはじまります。測定可能な目的に対する結果は、達成か未達成でのみ述べることができます。曖昧な答えはありません。達成に近い結果であったとしても、目的は変えず、未達成に至ったミスや不十分な点を検証する必要があります。
ミスは決して失敗ではありません。失敗は、ミスを修正せずに放置することで起こります。ナレッジマネジメントを追求する組織は、ミスを受け入れ、経験から可能な限り多くの知識を得るべきです。プロジェクトの計画時に、検証すべき仮説の定義や「ラーニング目的」を設定することで、組織はその学習効率を大幅に向上することができます。ラーニング目的は、組織の長期的な目標や、克服すべき弱点を踏まえて設定することが効果的です。
根本原因の特定
将来的なミスを防ぎ、成功を再現するためには、望ましくない結果の根本原因を見極めなければなりません。組織の活動において、ヒューマンエラーというものは存在しません。それを防止できなかった組織に、必ず改善すべき不備があるのです。根本原因は人材やトレーニング、業務基準、戦略、中長期目的など、組織の中核に存在するかもしれません。または、計画やチームワーク、実行の不備である可能性もあります。個人のパフォーマンスや、外的影響にとらわれず組織のなかにある問題点を見つける必要があります。
経験から得られた知識が組織内で活用されなければ、組織力の強化にもつながりません。多くの組織は、すでに処理しきれないほどの情報を抱え込んでいます。不要な情報の共有は、貴重な時間や人的リソースの消耗を招くだけです。ナレッジマネジメントから成果を得るためには、組織が失敗を防止するために必要な知識に重点を置き、情報の氾濫を避ける必要があります。
共通知識の創造
組織力の強化にもっとも重要な手順は、組織によって活用される共通知識の創造です。共通知識がなければ、組織は同じミスを繰り返し、成功を忘れてしまいます。経験に基づくラーニングをフレームワークやメンタルモデルとして言語化することで、組織は自らの成長を制限する自損事故を防ぐことができるようになるのです。言語化された共通知識には、多くの状況で活用できる汎用性だけでなく、曖昧さを排除し、必要な行動を明確にする正確性も必要です。
知識の活用を促進するためには、標準化された業務プロセスやワークフローに組み込むことが効果的です。そのためには、どのような状況で誰が知識を必要とし、活用すべきタイミングと方法を明確にします。また、当人の業務負荷を増やさずに活用する方法も考慮しなければなりません。
デブリーフィングの記録は、共通知識の基となるラーニングと、それを理解するための補足情報だけで十分です。心理的に安全な環境を維持するために、個人の発言などは記録せず、デブリーフィングのなかに留めておくべきです。
組織への教育
知識を組織的に活用する方法を確認したら、知識の適切な汎用化と言語化、そして組織への教育をタスクとして責任者に割り当てます。責任者は知識の共有だけでなく、正式な教育プロセスを通じた組織への浸透と、その活用に対する責任を負います。
モチベーションの刺激と維持
ナレッジマネジメントは、私たちに自らのミスや至らない点と向き合うことを求めます。現状のやり方に異議を唱え、慣れ親しんだ業務プロセスやワークフローを変えてしまいます。決して簡単ではなく、混乱やストレスを招くものですが、組織の成長に欠かせないものでもあります。デブリーフィングは、組織がよりよい未来に向けて、自らを改善するための方法です。決して否定的な評価や、懲罰的なものではなく、参加者のモチベーションを高めるものでなければならないのです。最後に得られた成果や業務の改善を確認し、互いの貢献と支援を感謝しあうことで、デブリーフィングにポジティブな印象を与えることができます。
互いのモチベーションを刺激し、持続させる方法なくして、ナレッジマネジメントが組織力の強化につながることはありません。メンバーの努力と貢献を見落とさず、正しく評価することが大切です。もちろん参加者全員のデブリーフィングへの貢献にも、リーダーから感謝の気持ちを述べるべきです。
デブリーフィングは、あらゆる組織の継続的な業務改善に適用し、活用することができます。そのコードはプロセスやワークフローの改善に留まらず、組織に学習、規律、そして説明責任の文化を作り出します。どんなに優秀な人材を集めても、共通知識がなければそれは計画的に動くことができないただの集団です。組織力を強化するためには、デブリーフィングを通じてナレッジマネジメントに取り組みましょう。
※本記事はDIGIDAYに寄稿したコラムを転載しています。